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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

東急財団「コレペティトール原田太郎」の留学成果「ヘングレ」全曲でお披露目


東急財団の前身の1つ、五島記念文化財団は1990年の発足と同時に美術、オペラ2分野の新人を対象に海外研修の助成、研修終了後の成果発表の機会を提供する「五島記念文化賞」を創設した。音楽では長く国内オペラ公演への助成も行なっていたが、現在は「オペラ新人賞」のみが存続する。2021年9月19日、渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで同財団が主催した「2台ピアノによるセミオペラ形式 E・フンパーディンク作曲 オペラ《ヘンゼルとグレーテル》」(太田麻衣子演出・振付)は、第28回(2017年度)五島記念文化賞オペラ新人賞スタッフ部門受賞者でコレペティトール(指揮者の能力を兼ね備えた練習ピアニスト)と指揮者の研さんをオーストリアのグラーツ国立芸術大学大学院指揮科などで積んだ、原田太郎の研修成果発表の公演だった。


原田は慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史を専攻、音楽学を故・三宅幸夫教授に師事した。卒業後、東京藝術大学音楽学部に入り直し指揮科を卒業した(田中良和、高関健に師事)。以後ドイツ語圏の歌劇場や新国立劇場などでオペラ制作に携わり、東急財団の支援でグラーツの総仕上げに臨んだ。その後、いくつかシュテレ(ポスト)を得て、さらなる内定を得た時点でコロナ禍が発生、昨年4月に「2014年からの長い旅は強制終了」となった。


コレペティトールの成果発表らしく、開演30分前から原田のプレトークが始まった。ピアノを弾き、背後に楽譜と対訳を映し、キャストに模範歌唱をさせながら、原作との違い、楽譜と言葉の関係など、楽曲の「きも」のいくつかを解説した。上質な音楽学の講義を聞く趣があり、ご本人も好きなのか、開演時刻を何分か過ぎるまで熱弁が続いた。即刻上演に移り、舞台上手(客席から見て右側)に並んだ2台のピアノ(第1=濱野基行、第2=水野彰子)と向き合う形で原田が客席1列目の前に設けた台から指揮、ドイツ語歌詞の覚えイマイチの歌手へのプロンプターも兼ね、コレペティトールの面目躍如。歌のアンサンブルが締まり、言葉が立ち、「14人の天使」や魔法をかけられた子どもを担う8人の子どものバレエ団(芸術座)の扱いにも手慣れたところをみせた。太田の演出は限られた空間を生かし、親子や兄弟の関係を手際よく描くとともに、ドイツ風の衣装を交えて適度の民族色も出した。


グレーテルの今野沙知恵、ヘンゼルの杉山由紀、ゲルトルートの中島郁子、ペーターの今井俊輔、魔女の伊藤達人、眠りの精&朝露の精の遠藤紗千のキャストは適材適所で表情豊か。伊藤は2019年の日生劇場オペラ(広崎うらん演出)の魔女でも注目されたが、その時は日本語。今回は「初めてのドイツ語だった」というが、強烈な存在感で光った。今野が最初は不貞腐れた男の子、最後は妹思いの賢い兄と演技に時間の変化を読み込み、大きく雰囲気を変化させた演技力も注目に値する。今井と中島の両親は、贅沢すぎる声の饗宴といえる。


何より2台ピアノの制約を超え、作品の肌触りを確かに伝えた原田の指揮が収穫だった。




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