• 池田卓夫 Takuo Ikeda

東京文化会館大ホールに広がる「テノールの饗宴」〜村上、与儀、宮里、小堀!


東京文化会館主催「シャイニング⭐️シリーズvol.7」の「東京国際音楽コンクール入賞者によるテノールの饗宴」は当初、小ホールが会場で2020年5月28日に開く予定だった。

https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/24634


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響で先ず開催を延期、緊急宣言の解除を受けて会場を変更、小ホール完売の600席を大ホール(2,300席)の1〜2階部分に再配分して、ちょうど1か月後の6月28日開催が実現した。すでにオーケストラ演奏会で見慣れた光景となりつつある間隔を開けての入場、サーモグラフィーによる体温チェック、チケットを係員に見せ半券を自分で切り、プログラムをピックアップするステップはここでも踏襲された。ミューザ川崎シンフォニーホールの試演会後の質疑応答で、音楽評論家の寺西基之さんが「プログラムが重なっていると、1部だけ離すのが難しい。私も2部とってしまい1部を戻したので、接触リスクが結構あるのではありませんか?」と指摘していたが、今回はずらしながら重ね、長いテーブルに複数の〝山〟を置く形に改善されていた。随所に置かれたアルコール消毒液はドラムメーカーが開発したペダル式の噴霧装置に収められ、不特定多数の人の手が噴霧口に触れるリスクも回避した。ホール内は前後左右に1席ずつの間隔を空けての着席、声楽演奏会に欠かせなかった「ブラヴォー」などの掛け声の自粛も要請した。


私は東京音楽コンクール全部門の本選審査員を第3回の2005年から6年間務めた。今日の4人のうち村上敏明、与儀巧への表彰状には直接サインした。宮里直樹、小堀勇介の審査はしていないが、ふだんのオペラ公演や演奏会を通じ、若手エースの実力は良く知っている。小堀とは昨年、伊藤達人、菅野敦を加えた「福島3大テノール」の演奏会を福島県白河市のコミネス白河で企画、MCも務めた。「生の歌声」を4か月ぶりに聴く最初の機会に、いま日本のオペラ界で輝く4人を大ホールで一挙に聴けること自体、非常にゴージャスな話だ。ピアノは江澤孝行。せっかくの再開に水をさすのは気がひけるが、コレペティトールとして経験ゆたかな江澤のピアノを大ホールの巨大な空間で聴くと、小ホールの伴奏では目立たなかった音色のパレットの制約がはっきり感知でき、ちょっと残念だった。


プログラムは左に掲げた通り。前半がオペラのアリア、後半が歌の名曲という構成、最後の「女心のうた」を4人のリレーで盛り上げた。村上は前半の最後、「イル・トロヴァトーレ」のアリアをカバレッタの「見よ、恐ろしい炎を」だけでなく、カバティーナの「ああ、美しい人」を前に置いた形に変え、歌った。4人のうち、与儀だけはイタリアオペラの場合、主役(プリモ)ではなく準主役(セコンド)に徹してきた職人肌のテノール。東京音楽コンクールのオーケストラ付き本選でもプリモのアリアを1曲も歌わず、セコンドのレパートリーと歌曲だけで優勝するという空前絶後の実績を残している。さすがにプリモ3人と一緒のステージに立つと損をするが、ひたむきな歌い方には独特の魅力がある。村上は軽い役から重い役まで鉄板の安定感。開演時の「新しい鑑賞様式」の説明トークをはじめ、最年長の座長役を果たした。リリコの宮里、ベルカントの小堀は上り調子の若手ならではの輝かしい声、確かな様式感で大きな拍手を浴びていた。アンコールはプッチーニ「トゥーランドット」からカラフのアリア「誰も寝てはならぬ」と、お定まりの「オー・ソレ・ミオ」で、カッコよくきめた。みなSTAY@HOME明けでコンディション、テンションのコントロールに苦労する瞬間もあったが、とにかく、梅雨も手伝ってのモヤモヤした気分を吹き飛ばすのに最適のパワフル、あっけらかんのテノール饗宴に溜飲を下げることができた。

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