• 池田卓夫 Takuo Ikeda

時間を超越して語り続ける藤田めぐみの音楽〜ベートーヴェンとショパンで全開


ニュージーランドに生まれ、英国とイスラエルで学んだ

2021年3月27日、藤田めぐみピアノ・リサイタルをサントリーホール・ブルーローズで聴いた。4月4日、ザ・フェニックスホールの大阪公演と同一プログラム。前半がベートーヴェンの「第31&32番」、後半がショパンの「第2《葬送行進曲付》&3番」と重量級のピアノ・ソナタ4曲(実質2時間)を並べ、アンコールは弾かない直球型の勝負に挑んだ。


ベートーヴェン「第31番」第1楽章最初の小節の4和音を聴いただけでもう、「これは求道者の音楽だ」と直観する。コケおどし、ハッタリは皆無で楽器(Shigeru Kawai)の良さを最大限に引き出しながら、じっくりと弾きこんでいく。第2楽章の余韻に浸るタイミングで遅れてきたお客様を入れた瞬間は「?」だったが、第3楽章からアタッカ(切れ目なし)で「第32番」へ入るための布石なのだと後で理解した。一貫してベートーヴェンの音符を慈しみ、語りかけるように再現し、辺りを圧するフォルテッシモは本当に必要な場面にだけ現れる。「第32番」の第1楽章。序奏を経てアレグロの主題に入ると壮大な躍動感が現れるが、どの音もフレーズもブレスも「あるべき位置」に収まる演奏ぶりだ。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲を通しての最終楽章でもある第2楽章アリエッタは、穏やかに、ゆっくりと進む浄化のプロセスとして克明に再現され、ユーモラスな楽句が挿入されてもはしゃぎ過ぎず、静けさのうちに果てしなく息の長い歌を奏で続け、無の境地へと着地した。


ショパンが始まると明らかにベートーヴェンとは異なる打鍵を試みて、ロマン派音楽の振幅の激しさ、狂気の相を描出させた半面、第2楽章スケルツォ中間部の穏やかなトリオなどではベートーヴェンでも顕著だった豊かな歌心、たっぷりしたニュアンスの味わいをみせる。第3楽章「葬送行進曲」は一歩間違えれば通俗の極みに堕してしまう超有名曲だが、藤田は本当に身近な人の葬列に立ち会うような優しさと節度を保ってプレストのフィナーレに進み、唐突感を極小化するのにも成功した。ここでも「第3番」へアタッカでつなげ、2つのソナタの持ち味の違いを強調した。第2が激情なら第3はレガート(音の滑らかな移行)の優先する音楽といえ、藤田は一段と自在な手綱さばきでレガートのグルーヴ感(ノリ)を際立たせる。相変わらずニュアンスたっぷり、ゆっくりと歩を進めるので、どのフレーズにも〝聴き逃し感〟が残らず、退屈もしない。第3楽章ラルゴの優しい響きに遠い昔の記憶を呼び覚まされたと思ったのも束の間、フィナーレでは秘めたるパワーを炸裂させ、最大の高揚をもたらした。ちょっとオーバーヒートと思える場面もまた、ライヴならではの面白さだ。


どこまでも自然で人間的。天地と一体に呼吸するかのようにオーガニックな演奏家である。

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