日本フィルハーモニー交響楽団が2020年7月10日、サントリーホールの第722回定期演奏会初日をもって、有観客公演を2月19日以来ほぼ5か月ぶりに再開した。指揮は1991ー2000年に同フィル正指揮者を務めた(公演プログラムに載った出演者プロフィールに、この部分が抜け落ちているのは何故だろう?)広上淳一。6月10日にサントリーホールと共催したチャイコフスキー「弦楽セレナード」の無観客公演、さらに8月1日に動画配信とハイブリッドで行う特別演奏会の指揮も引き受けるなど、一段と貢献度を高めている。順序は逆転するが終演直前、広上は「〝国難〟への対応で、今日はアンコールもできませんが」と前置きしてスピーチを始めた。「日本フィルを代表して」ともいい、「久しぶりにお客様の前で全力で演奏して改めて、私たちは皆さんの気持ちを支えるための仕事を選んだのだと思いました」と素晴らしいフレーズを捻り出した。楽屋で質すと「覚えてないよ」と煙に巻いたが、「人々の気持ちを支える職業」の一言に人として、音楽家としての円熟を実感した。
広上と日本フィルが「休憩なし1時間あまり」「1席ずつ空けて着席」の変則的な定期に選んだのはドイツ音楽「3大B」の〝サビ抜き〟、J・S・バッハの「ブランデンブルク協奏曲第3番」(チェンバロ奏者名も記載なし)とブラームスの「交響曲第1番」だった。生誕250周年に当たるトップスター、ベートーヴェンは8月1日の特別演奏会(「エグモント」序曲と「交響曲第5番《運命》」)でじっくり聴いてもらう趣向か。2公演に皆勤すると、3人の「B」が完結する。
バッハが始まった瞬間、温かく柔らかい弦の響きがホールの隅々へと広がっていく。皆とても、嬉しそうだ。続くブラームスもゆっくり、堂々とした歩みで第1楽章のリピートも実行したため、演奏時間は50分近くに及んだ。第2楽章におけるソロ・コンサートマスター扇谷泰朋をはじめ、オーボエの杉原由希子、フルートの真鍋恵子、クラリネットの伊藤寛隆ら木管、ティンパニのエリック・パケラのソロからも生気があふれる。半面、金管楽器は高揚感の裏返しで吹き過ぎ、安定を欠くのが残念だったが、全力投球の結果だから仕方がない。第4楽章コーダ(終結部)の熱狂と興奮、アッチェルランド(加速)の畳み掛けも見事に決まり、非常に充実度の高いブラームスとなった。広上の指揮でブラームスを聴くのは久しぶりであり、60代に入っての音楽的充実が随所に反映されたのも確認でき、嬉しかった。「今日の状況だったら誰が指揮しても、こういう熱い演奏になったと思うよ」と同い年で、長年の友人でもある私の前では一貫して照れるが、特別の時間だったことは間違いない。
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