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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

日本の演奏家たちの未来に大きな希望!MUSAジルベスターコンサート2019

更新日:2020年1月1日


今年(2019年)最後の演奏会は12月31日、ミューザ川崎シンフォニーホールの「MUSAジルベスターコンサート2019」。フランチャイズの東京交響楽団と桂冠指揮者の秋山和慶が前半にチャイコフスキーの「バレエ音楽《白鳥の湖》から《ワルツ》」「ヴァイオリン協奏曲」(独奏=成田達輝)、後半にJ・シュトラウスⅡの「喜歌劇《こうもり》ハイライト」という華やかなプログラムを披露した。器楽と歌のソリストだけでなく、オーケストラの首席奏者の何人かは学生&新人時代から聴き、中にはコンクールの審査で出会った人もいる。みな20代末から30代となり、素晴らしい演奏家に成長した姿を目の当たりにして、日本の音楽界の未来に大きな希望を抱かせる聴き納めとなったのが、何よりの喜びといえる。


以前のレビューでも書いたが、成田を最初に聴いたのは2007年、本選審査員を務めた第5回東京音楽コンクールの折で、まだ中学3年生だった。荒削りながら、久しく忘れていた〝魔性〟を感じさせるヴァイオリンに出会い、大谷康子さんと私が強く推して第1位に輝いた。以後、何度も聴く機会はあったものの、だんだん方向性が定まらなくなったようにも思え、気が気ではなかった。今日も正直、期待より不安の方が大きかったのだが、予想は激しく外れ、稀にみるほど個性的で説得力に富むチャイコフスキー解釈が現れた。第1楽章が終わった時点で盛大に拍手が起きたのも当然、と思わせる迫力である。今年は同曲の当たり年で、コパチンスカヤとクルレンツィス、服部百音と藤岡幸夫、バティアシュヴィリとネゼ=セガン、郷古廉と高関健、樫本大進とビシュコフ…と、それぞれに素晴らしい演奏だった。


中でも、ゆったりとしたテンポで一歩ずつ核心に迫り、ポルタメントをはじめ時に敢えて古風な奏法も取り入れながら絶えず人肌の温もりを保ち、チャイコフスキーの「心の歌」をひたすら奏でた成田の急成長には、1年の最後に現れたダークホース以上の驚きがあった。アンコールのパガニーニの「24の《奇想曲》から第1番」に至り、待ちに待った「魔性のヴァイオリニスト」の完全復活、しかも大人の完成度を伴った新境地を確信した。


コンサート終演を待ちきれず、寺西基之さんと2人、休憩時間の楽屋に成田を祝福に訪れた。「イケダタクオさん(と、フルネームで言われた)、僕は今日、初めて協奏曲の弾き方がわかったと思います。今までは指揮者を無視してでも、自分の音楽を好き勝手に主張していようとしていました。それが秋山先生と出会い、あたかも先生と居酒屋で酒を酌み交わしながらチャイコフスキーを語るような会話、キャッチボールが出来たのです。音楽に浸りきりました」。成田の方から切り出した言葉で、すべてが分かった。そう、秋山の伴奏指揮は名人芸の域に達しており、往年のユージン・オーマンディーと同じく、ソリストが歌に溺れ過ぎそうになると、さりげなくテンポを上げて立て直す。今日は冒頭の「白鳥の湖」のワルツからしてテンポを絶妙に揺らし、コンサートマスターの水谷晃が率いる弦楽セクションから温かい音色、心に響く歌を引き出していた。成田が新婚の奥様(ピアニストの萩原麻未)だけでなく、ご両親、祖母、妹まで会場に召集した背後には、並々ならない覚悟があったのだろう。まだ27歳。これからが、いよいよ楽しみな存在になってきた。


後半の「こうもり」ハイライトは二期会創立者の1人、故・中山悌一による定番の日本語訳詞を下敷きにファルケ博士役のバリトン、大山大輔がハイライト台本を書きおろし、ステージング(構成)も行った。大山にも2008年3月11日、サントリーホール・ブルーローズ(小ホール)で同ホールのオペラ・アカデミー公演のモーツァルト「フィガロの結婚」(ニコラ・ルイゾッティ指揮、菊池裕美子演出)題名役でのデビュー以来、劇団四季に客演した「オペラ座の怪人」のファントム、ストレートプレー、コンサートMC(司会)、今月3日のアクロス福岡シンフォニーホール「NCB(西日本シティ銀行)音楽祭2019」(井﨑正浩指揮、広渡勲演出)の九州名曲メドレーでの「田原坂」熱唱に至るまで、ありとあらゆる場面で接してきた。最近は忙し過ぎるのか、声が疲れている場面にも出くわすが、今回の「こうもり」はセリフをはっきり伝える目的でキャスト全員が髪マイクをつけ、PA(音響補助)を使ったので何の問題もなく、見事な狂言回し役ぶりを堪能した。ファルケ、アイゼンシュタイン、ロザリンデ、アデーレの4人だけで「どう、オチをつけるのか?」という素朴な疑問にも見事な解決を与え、演出家や台本作家としての将来性にも期待を抱かせた。


アイゼンシュタインの村上公太(テノール)、アデーレの小林沙羅(ソプラノ)も新人時代から聴き続けてきた歌手で、ともに芸達者ぶりに磨きがかかってきた。村上は今年夏のサントリーホール・サマーフェスティバルで本番1週間前に代役を引き受け、ベンジャミンの演奏至難な現代オペラ「リトゥン・オン・スキン」(大野和士指揮)のテノール独唱で気を吐いた。小林は新春早々(1月11、13、15日のオーチャードホール)の日本オペラ協会公演、漫画「ガラスの仮面」の作者の美内すずえが台本を書き下ろした新作オペラ「紅天女」(寺嶋民哉作曲、馬場紀雄演出、園田隆一郎指揮)で主役の阿古夜/紅天女を務める。ロザリンデの柴田紗貴子(ソプラノ)だけは初めて接する歌手で二期会の新進、新国立劇場オペラ研修所第13期を修了後、ロンドンに留学した。帰国後は「コシノジュンコ、桂由美らがプロデュースするファッションイベントに出演」とプロフィールにある通り、なかなかの美貌の持ち主だが、浮気夫を大詰めでギャフンと言わせる場面にかけての超イケズな演技力も含め、先輩3人に引けを取らない存在感を発揮したのは頼もしい。先日の二期会&日生劇場のオッフェンバック「天国と地獄」(鵜山仁演出、大植英次指揮)でも指摘したように、最近は日本人が日本語で演じ歌うオペレッタを観ても「気恥ずかしさ」を感じる瞬間が少なくなった。今回の大山版「こうもり」ハイライトも適度に洗練され、上品な笑いに包まれた。


秋山の指揮は、オペレッタにおいても絶妙だった。東響楽員が演技にからむ場面もいくつか用意され、全員が「ノリノリ」で弾いていたのが微笑ましかった。アンコールでは歌手チームも交え、J・シュトラウスⅠの「《ラデツキー》行進曲」が盛大に奏でられた。1年の最後に、良い音楽が聴けて嬉しかった。皆様も、素敵なお正月を!

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