• 池田卓夫 Takuo Ikeda

新進から中堅へ〜サヴァリッシュ朋子と笛田博昭のリサイタルをはしごした週末


新人の時点で大きく注目されても中堅、大家、ベテラン…と順調に歩み、聴衆に円熟を示せる演奏家の数は時間の経過とともに、絞り込まれていく。ピアノのサヴァリッシュ朋子、テノールの笛田博昭(ヴィンチェンツォ・スカレーラのピアノとのデュオ)の気合の入ったリサイタルを土日に聴き、それぞれ、見事に中堅の域に進んだ姿を確かめ、喜んだ。


2019年6月8日はJR大森駅近くの「大田文化の森」ホールで、サヴァリッシュ朋子ピアノコンサートを聴いた。大田文化の森運営協議会主催の公募企画事業。名古屋市立菊里高校、東京音楽大学ピアノ演奏家コースを経てドイツのミュンヘン音楽演劇大学マイスタークラスを首席で卒業した。2006年に指揮者ヴォルフガング・サヴァリッシュの甥に当たるヴァルターと結婚し、ミュンヘン郊外で子育てをしながら演奏活動を続けている。ご主人は音楽家ではなく、バイエルン自動車工業(BMW)で役員まで上り詰めたビジネスマンだ。曲目はショパンの「ワルツ」2曲(第5&7番)、ベートーヴェンの「ソナタ第14番《月光》」、J・S・バッハ〜ブゾーニ編曲「シャコンヌ」が前半、後半はシューマンの「謝肉祭」。アンコールにショパンの「舟歌」と、地域住民向けの土曜昼下がりのピアノ演奏会にしては、かなり重量級だった。しかし前半の1曲ごとにトークを交え、アクセサビリティーに配慮したので、聴衆は自然にドイツ音楽の世界に浸ることができた。自ら「スロースターター」という通り、「月光」までは硬かったが、「シャコンヌ」以降は独自の表現世界が全開した。「謝肉祭」各ピースのキャラクター描写も含め、とにかく核心に真摯な眼差しを注いで掘り下げ、楽曲自体にすべてを語らせる姿勢が素晴らしい。突き進み過ぎると、左手の確実さに比して右手の弱さをみせたり、音が硬くなってしまうのは今後の改善に期待する部分だ。


翌9日は小田急線新百合ヶ丘駅を降り、昭和音楽大学「テアトロ・ジーリオ・ショウワ」で笛田&スカレーラのリサイタルを聴いた。今から15年近く前に門下生発表会のようなコンサートで初めて聴き、持ち声の素晴らしさに仰天した半面、発声も発音も粗削り以上の野放図で「もったいない」と思った。次に名古屋市内でR・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」のバッカス役を聴き、ヘルデンテノールのポテンシャルまであるのに再び驚いたが、ドイツ語はメチャクチャだった。藤原歌劇団の舞台に立ち始めると、今度は仁王立ちの演技?に唖然。でも、声だけは一貫して素晴らしかった。やがて五十嵐直代&麻利江母娘による付きっ切りの指導が始まり、発音や演技はみるみる改善、ついに名手スカレーラを迎え、NHKの収録を伴う大リサイタルを開くに至った。


神業的声楽ピアニスト、スカレーラの招聘や対訳字幕の製作費用もすべて、五十嵐家が負担したようだ。ベッリーニ、トスティの歌曲を経て前半最後にドニゼッティ「ラ・ファボリータ」のアリア、後半はマスネの歌曲から「ウェルテル」のアリアにつなぎ、ヴェルディ「仮面舞踏会」「運命の力」のアリア、最後はジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」のアリアで締めた。アンコールの2曲目、ヴェルディ「リゴレット」の「女心の歌」では、さすがに声を軽くするのに苦労していたが、最後の「グラナダ」で会場の興奮が頂点に達した。どの歌も十分に準備され、言葉のニュアンスを生かし、登場人物の心情をきちんと語りかける方向で長足の進歩を示した。声の力で押し切る傾向がなくなったわけではないが、素晴らしい円熟への第一歩を強く印象づけた。これからもっともっと、活躍することは間違いない。


© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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