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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

指揮の水戸博之、九州で国民楽派に没頭


弦楽六重奏と金管合奏のプレコンサートまで付いて、1000円!

「私は仕事がたまっているから、うちの学校のオーケストラの演奏会に1人で出かけ、時間をつぶしてください」。家人の強い勧め?で2019年6月2日の日曜日の昼下がり、九州大学芸術工学部フィルハーモニー管弦楽団第49回定期演奏会をアクロス福岡シンフォニーホールへ聴きに行った。指揮は1988年北海道江別市出身、東京音楽大学(および大学院)で広上淳一らに師事、現在はオーケストラ・トリプティーク常任指揮者と東京混声合唱団コンダクター・イン・レジデンス、八王子ユースオーケストラ副指揮者を兼ねる水戸博之。東混は山田和樹、八王子は川瀬賢太郎の〝引き〟だろうから、数年前まで「若手のホープ」と目された人気指揮者2人に認められたという逸材である。私は過去にオーケストラ・トリプティークのオール芥川也寸志プログラムと、副指揮者を務めた川瀬指揮のオペラくらいしか聴いたことがない。いずれも素晴らしかったので、いつかスタンダードな曲目で接したいと願ってきた。まさか、身内の勤務先のアマチュア・オーケストラが最初の機会になろうとは! 


芸術工学部の前身は1968年に設立され、2003年に九州大学(九大)と合併した日本初の国立デザイン系単科大学、九州芸術工科大学。音響、環境、画像などの設計5学科を擁し、初期の卒業生には世界のコンサートホールの音響設計を手がける豊田泰久、コンピューターグラフィックスのパイオニアで東京大学名誉教授の河口洋一郎ら破格の才能が多数いる。九大には今年で創立110周年になる九大フィルハーモニック・オーケストラがあり、7月7日にはアクロスで鈴木優人指揮、大萩康司のギター独奏による記念の第202回定期演奏会を開く予定。大学は合併しても、学生オケは独立独歩というのが面白い。水戸は水戸で道産子にもかかわらず九州のアマオケで国民楽派に狙いを定めた棒振り修業に励んでいるらしく、6月30日にはアクロスで福岡市民オーケストラ第79回定期演奏会(シベリウスの「交響曲第1番」がメイン)、11月3日には飯塚市のイイヅカコスモスコモン第ホールで九州工業大学交響楽団第27回定期演奏会(ドヴォルザークの「交響曲第7番」がメイン)を指揮することになっている。


芸工フィルとの演奏曲目も、ブラームスの「悲劇的序曲」とドヴォルザークの「交響詩《英雄の歌》」「交響曲第8番」と国民楽派に重点を置いた。ドヴォルザーク最後の管弦楽曲となった《英雄の歌》は特段の表題や物語を伴わないものの、恩人ブラームスの追悼を強く意識した作品とされる。珍しい曲でもあり、入念にリハーサルを積んだのだろう。極めて表出力が強く、力感に満ち、輝かしい演奏に仕上がった。かつては出版社の所在地にちなみ、「イギリス」と勝手な表題で呼ばれた交響曲も、一般大学のアマオケならでは?の瑕こそあったものの、懸命な木管楽器のソロ、リスクを怖れない金管楽器と打楽器の鮮やかな切り込み、全力投球の熱い弦楽器が一丸となり、最初から最後まで一気に聴かせる凄みがあった。アンコールは同じ作曲家の「スラヴ舞曲作品46の8」。エネルギー大爆発の締めだった。


水戸の指揮には、すでに冒頭のブラームスで明らかだったように、作品ごとの音色や響きに対し明確なイメージを備え、その実現のために全身全霊をこめる秀逸さがある。何世代か前の日本人指揮者のように三角定規を当てるかのごとく、右手の打点を悲しいほど明確に打つ路線に拠らず、全身の弾力性を武器に大きなフレーズの流れ、明確なアーティキュレーション、リズムの決めどころを指示する以外、アマチュア相手でも弾く側の自然な音楽の発露に委ねていく。結果、学生たちは等身大の感覚を生かしながら、より大きな音楽の高みや深みに、気づいたときにはもう、たどりついている。少しおっとりした品格にも、広上とは異なる趣がある。家庭の事情で仕方なく出かけた演奏会が予想以上の収穫で、またもや不覚にも感謝せざるをえない。次はぜひ、東京のプロオーケストラでじっくり聴いてみたいと願う。

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