• 池田卓夫 Takuo Ikeda

戊辰戦争激戦地・白河で誕生した音楽劇「影向のボレロ」、川島素晴の八面六臂

最終更新: 2019年3月26日


カーテンコールで松下功の遺影を持つ作曲・指揮の川島素晴(左)と台本・演出の志賀野桂一

1868〜69年の18か月にわたり日本を東西に分断して繰り広げられた戊辰戦争。東北地方は会津藩をはじめとして大きな被害を受け、明治維新後は「賊軍」の汚名を浴びせられた。昨年から東北各地で企画された戊辰戦争150周年記念事業の掉尾を飾り、福島県白河市の白河文化交流館コミネスでは志賀野桂一館長の台本・構成・演出、川島素晴の作曲・音楽監督・指揮による「新作楽劇《影向(ようごう)のボレロ》」を創作。ぎりぎり平成30年度内の2019年3月24日、コミネス大ホールで初演した。当初は松下功に作曲を委嘱したが、2018年9月16日に急逝、松下の作曲の生徒に当たる川島がプロジェクトを引き継ぎ完成させた。


松下は新作のための音楽を残さず、冒頭と最後に置かれた和太鼓協奏曲「飛天遊」(独奏は初演者の林英哲)、バレエ音楽「天の岩戸」からの1曲、大団円の合唱曲(「平和ソング」より「元素わたし」、作詞は夢枕獏)の3曲の再利用だけを決めていた。川島はほぼ半年で、3時間近い大作の音楽をまとめなければならなかった。「スコアが完成したのがオーケストラリハーサル開始の前日、パート譜を配ったのは当日だった」(川島)という。川島はピットで福島フィルハーモニックオーケストラを指揮しながら、たびたび上手側に置かれたピアノへ移り、効果音の楽器を交えながらの即興演奏も行った。限られた作曲時間を考慮、即興パフォーマンスを得意とする自身の作風も生かした賢明な措置で、期待以上の効果を発揮したのは「怪我の功名」みたいな話だった。最初はプリペアードピアノを希望したが、公共ホール特有の縛りで実現できず、様々な楽器を持参して音色を膨らませた。


影向とは、神仏がこの世に仮の姿で現れるという意味の仏教用語。白河は城の奪還をめぐり、戊辰戦争屈指の攻防戦が7か月も続いた地だが、民衆は「死んだら仏だ、敵も味方もない」と素朴な信仰心に立ち、敵味方を平等に弔った。近代戦最初期に当たったため、薩長土佐などの西軍兵士と東北列藩同盟軍の兵士、その家族の間には交流や愛情も芽生え、白河の盆踊り(白河踊り)が現在、山口(長州)県内80か所以上に伝承されている事実は、驚きに値しよう。「仏は民衆の心情にこそ宿っているのでないか?」との問いかけが、白河市の掲げる戊辰150年の標語「仁のこころ」と合致するので、音楽劇の題材に選ばれた。


ボレロは本来3拍子の音楽だが、ここでは「同じリズムの繰り返し」の意味で使われ、白河踊りの「タン・タータ・タン」のリズムが全曲の要所要所で現れる。「《飛天遊》で与えたリズムをはじめとする松下先生の作品と、白河踊りのリズム。この2つを軸に全曲をシームレス(継ぎ目なし)に構成することが課題だった」と、川島は作曲の過程を振り返る。最後から2番目の合唱曲「よみがえる」は志賀野の作詞。川島には珍しい全面的な調性音楽だが、続く松下の合唱曲とはまさに、シームレスで仕上がった。作品全体、美しい音楽といえる。川島が初演当日の早朝に思いついたアイデアとして、ナレーターが最初の休憩後に「客席の皆さんにも参加していただきますから、手拍子の練習をしましょう」と声をかけ、白河踊りのリズムを復習、幕切れで合唱やダンサーとともに手をたたいてもらった。その瞬間を長く待たされた観客の爆発は川島の読み通りで、参加意識を盛り上げるのに有効だった。



なぜか助演の村松稔之への花が一番目立っていた

稽古は芝居、ダンス、混声合唱などのチームに分かれ、「それぞれがアマチュアで本業を持つ人たちなので全員そろう機会はほぼゼロ、全チームの全員がそろったのは前日の公開ゲネプロと本番だけという状況」。ダンスには東京バレエ団や谷桃子バレエ団の現役やOB、合唱には新進カウンターテナーの村松稔之らプロ歌手が加わり、指導にも当たった。志賀野館長にとっても「すべてのチームの一体感をつくり、プロとアマの落差を消す」上で「シームレス」が目標になった。最初は様子見だったような市民からも「呉服を提供したり、甲冑をつくってくれたり…と次第に協力者が増えて、ありがたかった」という。舞台美術を担当した宮城県出身の画家、香川広重による背景画も色調の変化で物語の展開を示唆する優れたものだった。終演後の舞台袖で、林英哲が「途中で松下さんが亡くなり、最後の最後に川島さんのオーケストラ曲が完成するまでは『大変』の連続だったけど、全員が奇跡的に一つになれて、本当に良かった」と漏らした。その言葉通り、本番はスムーズに進行した。ドイツ・オーバーアマガウの村人全員が演じるキリストの受難劇をふと思い出したほどに、市民総出の民衆劇ならではのカタルシスを、客席や舞台裏を含むホール内の全員が共有していた。


あえて問題点を指摘すれば、志賀野館長には申し訳ないが、やはり台本だろう。戊辰戦争の「そもそも」から解き明かし、肝心の白河の戦いに至るまで第3幕の3分の2までを費やした。地元とかかわりのある場面が第3幕第3場と第4幕だけというバランスは、作品の「尺」を必要以上に長くした。全体は駆け足で字幕もないから、音楽とセリフのみでは展開を飲み込めず、「歴史の語り部」としてナレーターを入れたと思われるが、起承転結のスピード感をそぐ副作用も生じた。志賀野館長は東北一円の公共ホールで、長く音楽劇のプロデューサーを務めてきた。その人脈は驚異的に広く、林英哲や笙の名手で作曲家の真鍋尚之、ナレーターを務めた落語家の春風亭昇羊ら豪華ゲストを動員できる半面、「笙があるから鳥羽伏見の戦いの場面を入れ、宮廷雅楽を奏でる」といった足し算の発想のリスクを伴う。


あくまで私個人の考えだが、1)物語を長期化する白河の戦いだけに絞って戦闘などのダンスを増やす、2)白河踊りの夜に敵味方の違いを超えた恋が芽生え、カップルがアリアや愛の二重唱を歌う、3)地元の人々が怨親平等の信仰の原点に回帰し、敵味方の別なく死者を弔うまでの葛藤をアリア、重唱、合唱など様々な角度から掘り下げる----といった措置を講じたとき、白河ゆかりのテーマの「影向」と「仁」は一層くっきり浮かび上がるはずだ。


とはいえ古今東西の舞台作品、音楽劇のうち、初演時から大成功の連続で改訂の必要のなかった作品の方が少数派である。「影向のボレロ」の初演は、かなりの成功に属する。ぜひ改訂に改訂を重ね、さらに練り上げたヴァージョンでの再演、再々演を目指してほしい。

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