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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

愛知室内オケ→名フィル→東響→日フィル→東京ニューシティ管「ご馳走攻め」


同じサイズでも、そこはかとなくアイデンティティーの違いが浮かび上がる

コロナ禍が2年近く続くなか、日本のオーケストラが弛まず水準を切り上げて全力演奏する姿勢を強め、聴衆も真摯に受け止める好循環が生まれている。新型ウイルス感染症自体はとんでもないが、もし〝配当〟があったとすれば、演奏会の質の向上を挙げていいと思う。2021年12月第2週は名古屋市で愛知室内オーケストラ、名古屋フィルハーモニー交響楽団、川崎市で東京交響楽団、東京23区内で日本フィルハーモニー交響楽団、東京ニューシティ管弦楽団と、4日間に5楽団を3都市で聴く機会を授かり、演奏の充実に目をみはった。


愛知室内オーケストラ「鈴木優人✖️福川伸陽 特別演奏会」(12月9日、三井住友海上しらかわホール)

指揮&チェンバロ=鈴木優人、ホルン=福川伸陽、コンサートマスター=石上真由子

モーツァルト「ホルン協奏曲第3&1番」

ソリスト・アンコール:ミヒャエル・ハイドン「ロマンス」

ハイドン「交響曲第22番《哲学者》」

ブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」

アンコール:ブラームス(鈴木優人編)「ハンガリー舞曲第4番」

詳しい記事は音楽メディアFREUDE(フロイデ)の拙連載「愛知室内オーケストラ挑戦の記録」に書く予定。

https://freudemedia.com/


名古屋フィルハーモニー交響楽団第496回定期演奏会(12月10日、愛知県芸術劇場コンサートホール)

指揮=川瀬賢太郎(正指揮者)、ピアノ三重奏=葵トリオ(ピアノ=秋元孝介、ヴァイオリン=小川響子、チェロ=伊東裕)、コンサートマスター=荒井英治

カゼッラ「三重協奏曲」

ソリスト・アンコール:ハイドン「ピアノ三重奏曲Hob. XV:27」〜第3楽章

ロット「交響曲」

イタリア近代の作曲家、アルフレード・カゼッラ(1883ー1947)が「三重協奏曲」を作曲した時期(1933年)、初演者(カゼッラ自身がピアノで参加していたトリオ・イタリアーノの独奏、エーリヒ・クライバー指揮ベルリン・シュターツカペレ)を考えると複雑な思いにかられる。1月にワイマール共和国が崩壊してアドルフ・ヒトラーがドイツ首相に就任、3月に日本、10月にドイツが国際連盟を脱退し、世界は次第にきな臭くなっていった。ユダヤ系のクライバーは1935年、5歳の息子カルロスを伴ってアルゼンチンに亡命した。パリ留学時代はフォーレに師事、ラヴェルと親交を結び、ストラヴィンスキー「春の祭典」の歴史的初演にも立ち会ったカゼッラは、イタリアには珍しい器楽の作曲家だった。


「三重協奏曲」は大河ドラマの音楽を思わせる重厚な管弦楽で始まり、どこか時代を反映した仄暗い響きが支配するなか、3つのソロ楽器が美音を振り撒き、妙技を競い合う。美しく抒情的な第2楽章ではラヴェルの「ピアノ三重奏曲」に接近するが、やや〝能天気〟な第3楽章は明らかにストラヴィンスキーの影響を受けている。川瀬は名フィルを細部まで克明に鳴らし、葵トリオの音楽を最大限に引き立てる。秋元のピアノは切れ味とスケール感を増して豪快、小川と伊東は心ゆくまで旋律を歌い上げる。客席は熱狂し延々と拍手が続き、アンコールのハイドンまでたっぷり、彼らの至芸を味わい尽くした。


川瀬は夭折の青年作曲家ハンス・ロット(1858ー1884)の「交響曲」に傾倒、常任指揮者を務める神奈川フィルハーモニー管弦楽団でもすでに指揮している。ホルン8本を見ただけで、期待に胸が膨らんだ。映画「エデンの東」の音楽を思い出す冒頭部の旋律からして、グッと楽曲の世界に引き込まれる。久しぶりに接する川瀬の指揮は無駄な動きが減って脱力が進み、より深いブレスとともに、柔らかなニュアンスが前面へと出るようになった。様々な楽想がやや未整理な状態で潜む交響曲に対しても、丁寧なアプローチで臨む。第2楽章終結部でうっすら主題が現れる瞬間の妖しい美しさ、マーラーが「交響曲第1番」でパクリまくった?第3楽章のブルレスケ風スケルツォと中間部のメタフィジカル(形而上的)な響きの対照、第4楽章のブルックナー風の壮麗な構築など、すべての再現に抜かりはなかった。名古屋フィルの水準向上を強く印象づけた、重量級の定期演奏会だった。


東京交響楽団「モーツァルト・マチネ」第47回(12月11日、ミューザ川崎シンフォニーホール)

指揮=ジョナサン・ノット(音楽監督)、ヴァイオリン&コンサートマスター=グレブ・ニキティン、水谷晃、ヴィオラ=西村眞紀、チェロ=伊藤文嗣、オーボエ=荒木奏美、ファゴット=福士マリ子

モーツァルト「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」

ハイドン「協奏交響曲」

ホール主催、週末の午前11時から休憩なし1時間で聴くモーツァルト中心の人気シリーズをノットが指揮、東響の首席奏者たちが妙技を競い合った。モーツァルトはニキティンのソロで水谷のコンマス、ハイドンは水谷のソロでニキティンのコンマス。水谷は同日夜、サントリーホールのブルーローズで藤田真央(ピアノ)、金子鈴太郎(チェロ)とのMAOトリオ演奏会にも出演しており、ウィーン・フィル楽士を思わせる八面六臂の活躍ぶりに感心する。


小編成のオーケストラは対向配置。チェロのトップは伊藤に代わり、仙台フィルの三宅進が応援に駆けつけた。ソリストが管弦楽の前奏からトゥッティ(総奏)に加わる18世紀スタイルを徹底、ノットの指揮も必要以上の重さを常に避け、転調のニュアンスなどを繊細に際立たせる。ハイドンでは「オケ中」の木管、金管も立奏で、より「18世紀音楽バンド」の雰囲気が出た。有名ソリストを起用した場合とは異なる一体感、細やかな心の通わせ方が週末の朝にふさわしい潤いを醸し出し、素晴らしい楽興の時だった。「前回、R・シュトラウスの交響詩《ドン・キホーテ》でも楽員をソロに立てたけど、今回もその一環。今後も折に触れ、継続するよ」と終演後、ノットが私に告げる。水谷も「ジョナサンと共通の音楽言語の基盤があればこそできる、特別に楽しい時間でした」と、大喜びだった。


日本フィルハーモニー交響楽団第736回東京定期演奏会(2日目=12月11日、サントリーホール)

指揮=カーチュン・ウォン(首席客演指揮者就任披露)、トランペット=オッタビアーノ・クリストーフォリ(ソロ・トランペット奏者)、ソロ・コンサートマスター=木野雅之

アルチュニアン「トランペット協奏曲」

マーラー「交響曲第5番」

シンガポール出身のウォンは夫人が日本人との縁もあって昨年来、日本各地のオーケストラの代役指揮を数多くこなしてきた。楽団ごとの相性の良し悪しは当然あり、中には「どうかな?」と思う演奏会もあったが、日本フィルとは最初から肌が合い、首席客演指揮者就任へとつながった。チョン・ミョンフンと東京フィルに続く、在京オーケストラとアジアの指揮者の組み合わせは、持続可能な共生社会のテーマにも沿うもので今後の展開に注目したい。


今回の注目点はもう1つ。首席トランペットの愛称「オットー」が協奏曲、交響曲冒頭の両ソロを1人で担う挑戦にもあった。クリストフォーリとティンバニのエリック・パケラ、首席ヴィオラのディヴィッド・メイソンはいずれも佐渡裕が芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センター(PAC)管弦楽団の出身。PACが日本のオーケストラ界全体の国際化、水準向上も視野に入れて外国人メンバーの契約を延長せず「このまま日本に残りたければ、他のオーケストラのオーディションを受ける」との方針を徹底した結果、こうした人選も可能になる。オットーは期待通りの輝かしい協奏曲演奏を披露、最後の長大なカデンツァも見事に決め、マーラー冒頭のソロでも聴衆の耳を惹きつけた。


一方、ウォンは2016年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクール優勝を機に作曲家の孫娘マリーナ・マーラーと知り合い、シンガポールの子どもたちを対象にした非営利の慈善活動でも手を携えている。ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学でオーケストラ&オペラ指揮の修士号を取得、現在はニュルンベルク交響楽団首席指揮者のポストを持つなど、主にドイツ語圏でキャリアを積んできた35歳。プレトークでは、かなり達者な日本語を披露した。


特別な思い入れのあるマーラーでは随所に独自の解釈を示し、大胆なデフォルメと踏み込みの良い棒さばきで、個性あふれる「第5交響曲」を造形した。日本フィルは木野の隣に田野倉雅秋(コンサートマスター)を奥など背水の陣で臨み、ホルンの信末碩才、オーボエの杉原由希子ら首席奏者のソロの妙技も光った。時に勇み足、アイデア倒れの瞬間もあったが、若い指揮者の挑戦精神の現れと肯定したい。何より自分が望む表現を確かな棒、ボディ・ランゲージで示し、日本フィルから強い自発性を引き出す手腕に感心した。次の定期登場は2022年5月27&28日の第740回東京定期演奏会。伊福部昭の「ピアノと管弦楽のための《リトミカ・オスティナータ》」(ピアノ=務川慧悟)、マーラーの「交響曲第4番」(ソプラノ=三宅理恵)と実に興味深い組み合わせ、マーラーのシリーズ化発展を予感させる意味深長なプログラミングである。


東京ニューシティ管弦楽団第144回定期演奏会(12月12日、東京芸術劇場コンサートホール)

指揮=飯森範親(ミュージック・アドヴァイザー、次期音楽監督)、ピアノ=福間洸太朗、コンサートマスター=執行恒宏

ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」「ピアノ協奏曲(両手)」

ソリスト・アンコール:サン=サーンス(ゴドフスキ編曲)「白鳥」

ベルリオーズ「幻想交響曲」

詳しい批評は「音楽の友」2022年2月号(1月18日発売)向けに載る予定。

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