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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

意表つく端正な佇まい。バレンボイムとSKBのブラームス交響曲全集


ダニエル・バレンボイムが1992年から率いる(現在は終身音楽総監督)ベルリン州立歌劇場のオーケストラ、シュターツカペレ・ベルリン(SKB)とブラームスの「交響曲全集(第1〜4番)を録音した(ドイッチェ・グラモフォン=ユニバーサル)。2017年10月、ウンター・デン・リンデン(日本語訳は「菩提樹の下」。何と素敵な道の名前なんだろう!)のオペラハウス並びに新設されたコンサートホール「ピエール・ブーレーズ・ザール」(アクースティシャンは永田音響設計の豊田泰久氏)でのセッション録音。バレンボイムとしてはシカゴ交響楽団と音楽監督時代の1993年に録音(ワーナー)して以来24年ぶりの再録音だ。一方、SKBは1984〜86年の旧東ドイツ時代に当時のオーストリア人音楽総監督オトマール・スウィートナーの指揮で後にも先にも一度だけ、ブラームスの4曲を録音していた。


どこか「煮え切らない」印象があったシカゴ響との旧盤に比べ、SKBとの再録音のバレンボイムは素晴らしい! 4曲があたかも、4章構成で1冊の小説のように首尾一貫して響く。少年ピアニスト時代に直接の出会いがあった20世紀前半の大指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーを崇拝するあまり、指揮に進出してしばらくの間、そのB級コピーみたいなドイツ音楽の再現に陥りがちだったバレンボイム。ピアニストとして1960〜70年代に2曲の協奏曲をジョン・バルビローリ指揮フィルハーモニア管弦楽団、歌曲をディートリヒ・フィッシャー=ディースカウと録音したあたりから、一筋縄ではいかないブラームスの作曲技法の深淵に目を向けるようになったらしい。旧東ドイツ崩壊の最終的な引き金となった「ベルリンの壁」崩壊は1989年。90年に旧西ドイツによる事実上の吸収合併でドイツ統一が実現して程なく、バレンボイムはSKBのシェフに就いた。バレンボイムに何度か直接インタビューして知ったのは「スウィートナー時代からの楽員を1人も解雇せず、SKBの響きの伝統を最大限に尊重しながら、相思相愛の関係を築いた」という事実だ。オペラのカーテンコールでも、全員を舞台に上げる。肩書きには「終身」が加わったが「それでも足りない。死んだ後もSKBを指揮していたい」と、最大限の愛着をこめて語っていた。


確かに、SKBは素晴らしい「楽器」である。質実剛健のアンサンブルから底光りする響きの美しさは筆舌に尽し難く、バレンボイムは「彼ら」の考え感じるブラームスを最大限に引き出し、「大きな室内楽」を統括する任務を嬉々として遂行している。それが実に端正な佇まいをたたえ、聴き手は一切の威圧感から解放されて、ブラームスを味わい尽くせる。1枚のディスクに交響曲だけ1曲ずつの4枚組。お定まりの「大学祝典序曲」「悲劇的序曲」「ハイドンの主題による変奏曲」のカップリングを背を向けたところでも、「4章の長編小説」の求心力が高まる。4曲、一気に聴き通せる。発売元もわかっていて、国内盤の定価は6,000円(税抜き)だから1枚あたり1,500円と、新譜にしては割安だ。さらに解説書にはバレンボイムと親しい作曲家でクラリネット奏者、指揮者のイェルク・ヴィトマンによる書き下ろし、読み応えのあるブラームス論(岩下久美子訳)が載っていて、ためになる。正直、(シカゴ響との旧盤の記憶からして)あまり期待していなかったが、良い全集だった。



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