川﨑翔子・田所光之マルセル・外山啓介・松田華音
- 池田卓夫 Takuo Ikeda
- 6月30日
- 読了時間: 6分
クラシックディスク・今月の3点(2025年6月)

Die Tastenkunstー鍵盤芸術の極みー
川﨑翔子(ピアノ)
01. ショパン:12の練習曲 Op.25~第1番変イ長調『エオリアン・ハープ』
02. ドビュッシー:12の練習曲~第11番『アルペッジョのための』
03. ショパン:12の練習曲 Op.25~第2番ヘ短調
04. ドビュッシー:12の練習曲~第6番『8本の指のための』
05. リゲティ:練習曲~第4番『ファンファーレ』
06. ドビュッシー:12の練習曲~第1番『5本の指のための』
07. ショパン:12の練習曲 Op.25~第3番ヘ長調
08. リゲティ:練習曲~第10番『魔法使いの弟子』
09. ショパン:12の練習曲 Op.25~第4番イ短調
10. ドビュッシー:12の練習曲~第3番『4度のための』
11. リゲティ:練習曲~第8番『金属』
12. ショパン:12の練習曲 Op.25~第5番ホ短調
13. リゲティ:練習曲~第2番『開放弦』
14. ショパン:12の練習曲 Op.25~第6番嬰ト短調
15. ショパン:12の練習曲 Op.25~第7番嬰ハ短調
16. ドビュッシー:12の練習曲~第4番『6度のための』
17. ショパン:12の練習曲 Op.25~第8番変ニ長調
18. ショパン:12の練習曲 Op.25~第9番変ト長調 『蝶々』
19. ショパン:12の練習曲 Op.25~第10番ロ短調
20. リゲティ:練習曲~第13番『悪魔の階段』
21. ショパン:12の練習曲 Op.25~第11番イ短調 『木枯らし』
22. ショパン:12の練習曲 Op.25~第12番ハ短調 『大洋』
ミュンヘン在住のピアニストらしく「Die Tastenkunst」(直訳は「鍵盤芸術」)とドイツ語でタイトルをつけたエチュード(練習曲)のアルバム。子どもの頃のチェルニーに始まり「エチュードがずうっと好きだった」といい、ショパンの「練習曲集作品25」を録音するに当たっても「全12曲通しではなく、より自分の音楽観を反映した構成」を熟慮。「ショパンに影響を受けたドビュッシー、ショパンとドビュッシーの反映が色濃いリゲティ」を間にはさみ、全部で22曲の「音の万華鏡」に仕上げた。「できればこの順番のまま、22曲通して再生してほしい」と、強く希望する。
ディスクは音楽学者の瀧井敬子氏が岡山県真庭市と山形県長井市を拠点に、「福祉✖️藝術」の理念を極める「グラチア・アート・プロジェクト」の一環。2024年6月24〜26日に長井市民文化会館で瀧井氏が寄贈したスタインウェイのピアノを弾いてセッション収録、ジャケットには岡山県の児童心理治療施設「津島児童学院」の子どもが描いた絵を採用した。川﨑の演奏は高度の技巧と多彩な音色を基盤に、ショパンとドビュッシー、リゲティそれぞれの持ち味を克明に浮かび上がらせる一方、相互に与え合った影響の系譜を深い楽曲理解からひもとき、エチュードという作品ジャンルの魅力の再考を聴き手に強く促す説得力にも富む。
(制作=MClassics妙音舎、販売=ナクソスジャパン)
アドルフ・フォン・ヘンゼルト「エチュード全集」
田所光之マルセル(ピアノ)
● 12の演奏会用性格的エチュード Op.2(1827/38年出版)
第1番ニ短調『嵐よ、汝は私を打ちのめすことは出来まい』
第2番変ニ長調『少しは私のことを思っておくれ、常にお前を思っている私を』
第3番ロ短調『私の望みを聞き入れて』
第4番変ロ長調『デュオ - 愛の安らぎ』
第5番嬰ハ短調『嵐の人生』
第6番嬰ヘ長調『もしも私が鳥だったら、お前の元へ飛んでゆくのに』
第7番ニ長調『青春の翼を備えしもの』
第8番変ホ短調『お前は私を惹きつけ、魅惑し、溺れさせる』
第9番ヘ長調『初恋、至上の喜び。お前は私の元を去ったが、想い出は二人のもの』
第10番ホ短調『小川が大海に流れ込んでゆくように、愛しい人よ、私の心はお前を待ち受けている』
第11番変ホ長調『愛しい人よ、もう眠ったかい』
第12番変ロ短調『愛の苦悩と思い出、ああ何と揺れる心! 私の心臓は高鳴る』
● 12のサロン用エチュード Op.5(1838年出版)
第1番ハ短調『エロイカ』
第2番ト長調
第3番イ短調『魔女のダンス』
第4番ホ長調『アヴェ・マリア』
第5番嬰へ短調『失われた祖国』
第6番変イ長調『嵐のあとの神への感謝』
第7番ハ長調『妖精の踊り』
第8番ト短調『ロマンス』
第9番イ長調
第10番ヘ短調『失われた幸福』
第11番ロ長調『恋の歌』
第12番嬰ト短調『夜の幽霊の行列』
● 練習曲 イ短調(1876年出版)
● ゴンドラ・練習曲 Op.13-2(1841年出版)
バイエルン王国のシュヴァーバッハーに生まれたアドルフ・フォン・ヘンゼルト(1814ー1889)は幼少期から音楽の才能を示し、ウィーンでフンメルやゼヒターに師事。ウェーバーの音楽に深く傾倒し、14歳でその幻想曲を演奏してデビューを果たした。1838年からは移住先のロシアで活動。ピアニストとしても高度の技巧を備え、ドイツ人でありながら「ロシア・ピアニズムの礎を築いた」とされる。ヘンゼルトは1曲ずつ異なる調性で書かれた練習曲を残しており、その中で技巧の伝授に加えて芸術作品としての価値を追求する。各曲にフランス語で詩的なタイトルが付された『12の演奏会用性格的エチュード』作品2は、激しい嵐のような情熱を描く第1番、親密な情感が込められた第2番や第3番など、弾き手に内面的な情感を解釈して伝える力量を問う。第6番の『もしも私が鳥だったら、お前の元へ飛んでゆくのに』はラフマニノフも愛奏した曲として有名。『12のサロン用エチュード』作品9では、第1曲『エロイカ』はベートーヴェン風の力強い音楽、第3曲『魔女のダンス』は悪魔的な情景を想起させるなど、タイトルも曲の性格もより直接的だが、いくつかの曲はタイトルが空白のまま残され、弾き手の想像力に委ねられる。1876年出版の『練習曲イ短調』は複雑に交錯するリズムと個性的な旋律が融合、1841年出版の『ゴンドラ・練習曲』は水の描写を巧みに表現した短いながらも印象的な作品だ(発売元の資料より転載)
田所光之マルセルは日本人の父とフランス人の母の間に生まれ、8歳でピアノを始めた。名古屋市立菊里高等学校音楽科卒業後、パリ国立高等音楽院に満場一致の首席で入学。ジャン=フランソワ・エッセール、フローラン・ボファールのもとで学び同音楽院ピアノ科を卒業し、続いて同音楽院の修士課程を修了。その後、パリのエコール・ノルマル音楽院に奨学生として入学。レナ・シェレシェフスカヤのもとでさらに自らの音楽に磨きをかけた。上述の川﨑翔子に負けず劣らず素晴らしい音楽性と技巧の持ち主であり、エチュード(練習曲)のジャンルの新たな地平を切り拓く姿勢でも共通する。何より、未知のヘンゼルト作品を極めて魅力的に再現、多くのピアニストが今後レパートリーに加えるのではないかと思わせる。2024年9月24〜26日、英ウェールズ・モンマスのワイヤストーン・コンサートホールでセッション録音。
(ナクソスジャパン)
「伊福部昭の芸術 13 易ーピアニズムの系譜」
1)ピアノとオーケストラのための《リトミカ・オスティナータ》
外山啓介(ピアノ)、広上淳一指揮札幌交響楽団
2)《子供のためのリズム遊び》
3)《ピアノ組曲》
松田華音(ピアノ)
キングレコードが1995年に始めた「伊福部昭の芸術」シリーズの第13作で、11年ぶりの新録音。《リトミカ・オスティナータ》は2025年2月3日、サントリーホールの札幌交響楽団東京公演のライヴ録音。第1作「譚ー初期管弦楽」で日本フィルハーモニー交響楽団を指揮していた広上淳一久々のシリーズ登場、ソリストには札幌生まれの外山啓介が起用された。同曲で長く「決定盤」とされてきた小林仁(ピアノ)、若杉弘指揮読売日本交響楽団の熱狂的で凄絶な録音(1971年、ビクター)に比べるとはるか整然、クールな演奏に思えるが、「古典」の価値を最終的に獲得したとの見方もでき、今後の演奏機会増加への期待も募る。
後半のピアノ独奏曲はロシアで長くピアノを学び、モスクワ音楽院在学中には伊福部も研究対象にしたという松田華音の演奏。2025年3月18〜20日、東京の稲城市立iプラザホールでのセッション録音だ。ロシア・ピアニズムの豊かな打鍵のソノリティと、松田の内面に潜むDNAからくる日本伝来の旋律への共感が絶妙のバランスで絡み合っている。
(キング)
※文末のURLはAmazonの掲載ページ、そのままディスク購入に進めます
Comments