• 池田卓夫 Takuo Ikeda

尾高忠明と横坂源の共演、今度は都響で


モノクロームが似合う演奏会だった

東京都交響楽団第941回定期演奏会Aシリーズ(2022年1月18日、東京文化会館大ホール)

指揮=尾高忠明、チェロ=横坂源、コンサートマスター=四方恭子

ディーリアス(ビーチャム編曲)「歌劇《村のロミオとジュリエット》より間奏曲《楽園への道》」

エルガー「チェロ協奏曲」

チャイコフスキー「交響曲第6番《悲愴》」


尾高と横坂の共演は昨年11月23日、大阪フェスティバルホールの大阪フィルハーモニー交響楽団第553回定期演奏会で聴き、レビューも書いた。早くも2か月後、楽曲は別ながら都響定期での再共演が実現した。外国からの指揮者、ソリストの来演が難しいなか、日本人指揮者とソリストの新しいコラボレーションのユニットが目立つようになってきた:

https://www.iketakuhonpo.com/post/%E5%B0%BE%E9%AB%98%E5%BF%A0%E6%98%8E%EF%BC%86%E5%A4%A7%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%99%B0%E5%BD%B1%E3%81%AB%E5%AF%8C%E3%82%80%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%80%8C%E7%AC%AC%EF%BC%94%E3%80%8D%E3%80%81%E6%A8%AA%E5%9D%82%E6%BA%90%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%B3%E3%80%8C%EF%BC%92%E7%95%AA%E3%80%8D


前半は長く尾高の「第2のホーム」だった英国の音楽。ディーリアスの柔らかく繊細な感触を都響の柔軟なアンサンブルが水彩画のように描いていく。エルガーでは先ず、横坂のソロに驚いた。2012年3月16日、サントリーホールの日本フィルハーモニー交響楽団第638回東京定期演奏会(アレクサンドル・ラザレフ指揮)で同じ曲を演奏した時の小さくまとまった印象は一変、深いところから鳴る音で堂々とした骨格の音楽を奏でた。サントリーホールや大阪フェスティバルホールに比べ、横坂のチェロは東京文化会館大ホールとの相性が抜群とも思えた。とにかく、良く鳴る。尾高の指揮もいたずらにエモーションを煽らず、モダンミュージックのシャープなエッジをきちんと再現、ソリストの美意識と一致していた。


尾高と都響は2021年3月15日のサントリーホール演奏会で20数年ぶりに邂逅、武満徹の「系図(ファミリー・トゥリー)」とエルガーの「交響曲第1番」で目覚ましい成果を上げた。昭和から平成にかけての日本のオーケストラ界を牽引した指揮者の1人でありながら、英国やオーストラリアでのキャリアも着実に積み、現在は大阪で円熟を極めつつあるマエストロと都響の相性は良く、オーケストラ全体が鳴りきる。前半は2階正面で聴いていたが、後半は学生時代を思い出し、5階のR席に座った。《悲愴》のたっぷりした響きは、40年前の日本のオーケストラからは聴けなかったものだ。5階席の音は、相変わらず素晴らしい。


今回の都響は比較的ベテラン世代の首席が顔をそろえ、日本のオケの昭和デフォルトを受け継ぎながら、その後の発展を支えてきた自負とともに尾高渾身の指揮を受けて立つ。子どもの頃、母と無料招待公演に出かけ、上の方の席から聴いた渡邉暁雄(第2代音楽監督)指揮都響の演奏、少し大きくなって森正(初代音楽監督)や若手バリバリだった尾高の指揮で接した都響のコンサートの数々の記憶も随所で蘇る、不思議な味わいの《悲愴》だった。

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