• 池田卓夫 Takuo Ikeda

尾高忠明と札響、イギリス音楽の超名演


このプログラムに大勢の札幌市民がつめかけた

2022年6月18日、札幌文化芸術劇場hitaruで名誉音楽監督の尾高忠明が指揮する札幌交響楽団の演奏会「偉大なる英国の巨匠たち」を聴いた。音楽サイト「ぶらあぼ」に前触れ記事を頼まれて知り、どうしても聴きたくなって原稿料の3倍くらいの旅費を投じやってきた。劇場の皆さんの説明では拙稿掲載後、チケット販売に弾みがついたといい、何よりである。

https://ebravo.jp/archives/116865


今年で開館25周年を迎える札幌コンサートホールkitaraに対し、hitaruは2018年10月にアンドレア・バッティストーニ指揮の「アイーダ」(ヴェルディ)で開場した実績が示すようにオペラ、バレエなどを上演する劇場が主な機能だ。尾高は開場前の2017年4月から2021年3月まで芸術アドヴァイザーを務め立ち上げにも関わった。軽妙な語りを交えながら、長く傾倒してきたイギリス音楽の精髄を適確に伝えた。ホールの音響はkitaraに比べデッドというかダイレクトだが、悪くはなく、その違いはサントリーホールと東京文化会館大ホールのあり方に似ている。


冒頭のウォルトン「戴冠行進曲《王冠》」を聴いた瞬間、今年2月8日サントリーホールの東京公演でも実感した札響の好調、さらなる進化に目(耳?)をみはる。輝かしいがアンサンブルの整っている金管、ソリスティックな魅力に事欠かない木管、従来の透明度に重量感を加えつつある弦楽器のそれぞれが伸び伸びと真価を発揮、「北の大地のオーケストラ」のアイデンティティーを揺るぎないものとしている。指揮棒を使わなくなった尾高はより柔軟な表現を獲得し、本来の切れ味にも全く衰えがない。ブリテン「歌劇《ピーター・グライムズ》」は2008年9月の全曲演奏会形式上演もkitaraで聴いたが、今回の「4つの海の間奏曲」は指揮者、オーケストラとも当時を遥かに上回る入魂の音楽を聴かせてくれた。ディーリアス「歌劇《村のロミオとジュリエット》」からの「楽園への道」の哀切極まりない響きと、一瞬漂う温かく優しい音楽のコントラストも見事に決まり、エルガー「威風堂々」の熱狂の大団円まで完走した。「絶対にいい」と確信して札幌まで来たが、結果はすでに大きかった期待を遥かに上回るものだった。尾高がアンコールに替え、世界平和への願いを語って幕。「札響は皆さんの宝です」と言い切った尾高に、大きな拍手がわいた。

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