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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

寺嶋陸也の魅力が充満したオペラ「末摘花」、こんにゃく座への〝嫁入り〟成功


オペラシアターこんにゃく座公演(おぺら小屋110)、寺嶋陸也(1964ー)作曲「末摘花」(大石哲史演出)を2020年9月9日、東京・六本木の俳優座劇場で観た。高校演劇の名作という榊原政常の戯曲「しんしゃく源氏物語」が原作。「若干のカットを施しながら戯曲の言葉をそのまま台本として作曲」(寺嶋)し、2006年2月にNHK出身の音楽プロデューサー杉理一が主宰するニュー・オペラ・プロダクション(NOP)の創立15周年記念委嘱作品としてセシオン杉並で初演された。私が実演に接した寺嶋のオペラとしては東京藝術大学大学院の修了制作で、こんにゃく座が1995年3月に草月ホールで上演した「ガリレイの生涯」以来2作目に当たった。「ガリレイ…」では既存音楽遺産の引用の巧みさ、それを自身の創作と糾合して新しい響きを創造する手腕の確かさに、ドイツから帰国して日本の創作オペラと再会したばかりの自分は大いに感心した。当時、こんにゃく座の精神的支柱だった作曲家、林光(1931ー2012)に感想を伝えると「そうだよ。俺たちの世代はモンテヴェルディなんて文字でしか知ることができなかったけど、寺嶋たちは楽譜、楽器、音源をたやすく検証できる。はっきり言って、うらやましいよ」といい、後輩の力作を評価した。


2006年2月には「末摘花」と前後して、新国立劇場が瀬戸内寂聴台本、三木稔作曲の「愛怨」(大友直人指揮、恵川智美演出)、神奈川県民ホールが辻井喬台本、一柳慧作曲の「愛の白夜」(外山雄三指揮、白井晃演出)と、それぞれ有名作家&大物作曲家が組んだ大劇場オペラの初演もあった。当時、新聞社の文化部編集委員だった私は署名記事で「文学界のビッグネームを起用しただけでは、よいオペラ台本など生まれない。子どものころからオペラ劇場に出入りするような経験を通じ、言葉ではなく、もっと音楽に語らせる要素がほしい」と「愛…」の2作を批判し、寺嶋の「末摘花」が「最も面白く、成功していた」との評価を下した。他紙の同僚には「大作家の仕事をばっさり斬るなんて、うちの会社なら文芸担当から『待った!』がかかりますよ」と驚かれ、三木からは「室内オペラなら誰でも書けます。私はモーツァルト以来脈々と受け継がれてきたグランドオペラの作曲家です。一緒にしないでください」と、長大な抗議メールが送られてきた。数週間後、藤原歌劇団「トスカ」公演では何と三木と隣り合わせ、また怒られるかと思ったら「先日は、失礼しました」。幕が降りた瞬間、「いや、『トスカ』の実演を初めて観ました。プッチーニの作曲は上手ですね」と漏らされ、椅子からずり落ちそうになった。プッチーニもグランドオペラではないか!


そんなわけで、「末摘花」は個人的にも思い出深い作品だ。2010年のNOP自身による再演(紀尾井ホール)を観そこねていたので、杉の快諾の下、「私が通った2つの『オペラの学校』の邂逅」(寺嶋)として今回、新型感染症対策に万全を期しつつ、こんにゃく座への「お嫁入り」が実現したのは喜ばしい。しかも器楽パートは寺嶋自身が弾くピアノ1台。「源氏物語」に登場する数多くの女性の中では異色中の異色、没落皇族の一人娘で生活に困窮、「赤鼻のトナカイ」を連想させる容貌上のコンプレックスも抱えたお姫様の末摘花、冴えないお屋敷に嫌々ながら仕え、隙あらば〝転職〟の機会をうかがう侍従、少将、宰相らスタッフ、格下ながら経済的に羽振りのいい家に嫁ぎ現世の欲望の塊のような叔母と、物語は女性7人だけで進行する。どんなに追い詰められ、お金も家財も人々もどんどん失せていくにもかかわらず気品を保ち、光源氏への一途な思いと再会への希望を失わない末摘花の強さは最後に奇跡をもたらし、ズタズタになりかけた人間関係の修復まで予感させて終わる。随所に笑いを織り込みながら人生の真実を語り、ホロリとさせる榊原の台本は「おもろうて、やがて哀しき」の王道を行くもので、今も全く輝きを失わない。それ以上に「コロナの時代」に人々の往来、関係の分断をリアルタイムで体験中の観客には、生々しく響くはずだ。


小劇場の空間を生かした大石の無駄なく美しい演出。プログラムにもあるように、京都市出身の大石は関西弁の指導でも力を発揮した。「紫組」「光組」ダブルキャストのうち、私が観たのは「光組」の初日だ。末摘花の高岡由季、侍従の小林ゆず子、少将の岡原真弓、宰相の花島春枝、叔母の山本伸子、右近の石窪朋、左近の荒井美樹と、こんにゃく座の新旧世代をバランスよく配したキャストは役柄のキャラクターにぴたりとはまり、持ち前の明晰な日本語の発音ともども、隙のないアンサンブルでぐいぐい、舞台を回転させていく。室内オペラとはいえ、アリアも重唱もきちんと存在する。西洋古典から日本伝来の旋律までのエッセンスを巧みに散りばめ、美しく繊細な音楽をテンポよく連ねる寺嶋の魅力が充満している。

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