彩の国さいたま芸術劇場「ピアノ・エトワール・シリーズvol.36」で2019年1月12日、1992年モンペリエ生まれのフランス人ピアニスト、レミ・ジュニエのリサイタルを聴いた。前半にJ・S・バッハのカプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」、今シーズンからレパートリーに入れたベートーヴェンの「熱情」ソナタ。後半にショパンの「4つのマズルカ作品17」とストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」からの3楽章。ピアノ好きが喜ぶプログラミングは、若いピアニストの実力を測る試金石としても理想的なものだ。
バッハは各地でディスク賞を獲得した4年前のデビュー盤以来のレパートリー。ペダルの使用を極小に抑え、各声部の動きをクリアに浮き上がらせた。最初に注目されたのが作曲家の生地ボンのベートーヴェン国際コンクールでの史上最年少入賞ということで期待された「熱情」は、残念ながらまだ、解釈が生煮えの状態。ソナタ形式の構造をつかみきれず、刹那的な表情の変化の随所に不確かな暗譜の痕跡を残す。楽曲の標題にとらわれ過ぎたのか、弱音が中くらいの音量ゾーンを経ることなく強音へと息の短いストロークで到達、激しい打鍵が音を濁らせた。もう少し手の内に収めた状態で再度、聴いてみたい。
後半は一転、水を得た魚のようだった。マズルカの4曲目、イ短調ではショパンの繊細で不安定な心理を白日のもとにさらけ出し、深い感銘を受けた。かなり弾き込んだと思われる「ペトルーシュカ」では第1級のヴィルトゥオーゾとしての資質を明らかにしつつも、色とりどりの宝石箱を開いた瞬間の煌めきにも似た甘美な陶酔、ファンタジーの世界を開陳して「只者ではない」感が全開した。
アンコールはチャイコフスキーの「子守唄」、クライスラーの「愛の哀しみ」をそれぞれラフマニノフが編曲したものに、バッハ〜ブゾーニの「シャコンヌ」の3曲。恰幅の良さと、ラメント(哀悼曲)としての沈潜を兼備した「シャコンヌ」の再現は見事で、プラヴォーが飛び交った。エトワールの趣旨にふさわしい、素晴らしい音楽体験だった。
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