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  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

大阪→ベルリン→キャプ=フェレの旅路

最終更新: 2019年7月11日


Double Beats@Place du Bertic, Claouey

フランスはボルドーから西へと車で1時間あまり、大西洋岸に隆起した砂地の半島の小さな町キャプ=フェレ( https://ameblo.jp/obonparisjapan/entry-12304656981.html )の音楽祭 ( https://www.capferretmusicfestival.com/ ) から昨年に続き、2度目のゲストとして招かれた。音楽家ではない私がなぜ? それは音楽祭の主宰者で私とは大阪国際音楽コンクール審査員仲間のフランス人女性、エレーヌ・ベルジュが大阪と連携を深め、日本からの参加者や来訪者も増やしたいと考え、日本人の音楽ジャーナリストを巻き込んだ結果である。招待といっても丸抱えではなく、航空券代の一部と宿泊費を先方が負担する方式なので大して気兼ねせず、ふらっと訪れることができる。昨年はサラリーマン記者時代最後の仕事の1つとして、フィンランド政府の招待で訪れたヘルシンキのロックフェスティヴァル「Flow」と抱き合わせ、「日経電子版」にレポートを載せた;

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO34567740U8A820C1000000?channel=DF280120166618&n_cid=LMNST011


2年目は少し滞在時間を短縮、大阪のコンクールゆかりのアーティストの動向に焦点を絞ってみた。ひとつはモルドヴァ出身、ニューヨークとパリを本拠とするヴィルトゥオーゾ(名人)ピアニストで昨年初来日時の大阪の審査、東京と大阪でのリサイタルをご一緒したアレクサンダー・パレイの演奏とマスターコース。もうひとつは昨年の大阪のアンサンブル部門で優勝したドイツ人男性ルーカス・ベームと中国人女性ニ・ファンによる打楽器デュオ「ダブル・ビーツ」の現在を確認するのが、今年の最大の目的。もちろんアルカション湾特産の生牡蠣をはじめとする海の幸、とても美味しいパンとワイン、歩いて行けるビーチでの水遊び、風光明媚なリゾート地の散策など、日本の喧騒を離れての息抜きまで存分に楽しんだ。



Master class by Alexander Paley

パレイもダブル・ビーツも野外の演奏、PA(音響補助)を伴う夜公演(21時開演)だったが、微に入り細に穿って音のミニアチュールを描きながら時に大胆な仕掛けに打って出るパレイのピアノを野外で聴くのにシューベルトの「即興曲」(作品90)やブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」が最適の選曲だったのかどうか? 昨年の日本で評判をとったプログラムを「そのままキャプ=フェレで弾いてほしい」とリクエストしたエレーヌの素朴な感動が、完全に裏目に出たケースである。マイクをピアノ弦の真上に突っ込んでしまっては、倍音が全く消えてしまう。あくまで正攻法にこだわったパレイは「ヘンデル・ヴァリエーション」の繰り返しもすべて実行したが、雷鳴が聞こえ、雨雲が垂れ込め、「いつ夕立になるか」と気を揉む保養地の素朴な聴衆(高齢のお金持ちが多く、さほどの音楽ファンとも思えない)には逆の効果しかもたらさなかった。半面、マスターコースの先生としてはフランス、メキシコ、ロシア、日本…と世界から集まった受講生に対し、無数の例を引き合いに出しながら音楽することの意味、作曲家や時代ごとの様式を学ぶ基本、奏法の根幹などを懇切丁寧に指導し、見事な成果を上げていた。ステージ上でのエキセントリシティと教室でのオーセンティシティ。その両方を同じ水準で兼ね備えているのが、パレイのユニークさだ。

Ms.Kitano from The Osaka International Music Competition, Iketaku, Lukas Boehm, his partner, Ni Fan

Ms.Yoko Kitano and Ms.Helene Berger

2012年結成、ベルリン本拠のダブル・ビーツに関しては「野外の打楽器演奏、どうなるのか?」という一抹の不安が完全に杞憂と化し、圧巻の演奏を繰り広げた。昨年10月、大阪府高槻市で行われた大阪国際音楽コンクールのグランドファイナル(主要部門の第1位を集めたガラコンサートを審査、全部門共通のグランプリなどを決める最終公演)で審査したときよりも、演奏のスケールが格段に増した。より行き届いた脱力で、初めて聴く人の心にも優しい音楽として溶け込んでいく。長い夏のヨーロッパの昼がさすがに夜へと転ずる時間帯、打楽器の音が気温の変化や風の動きと絶妙なハーモニーを奏で、エコロジカルといっていい貴重な音楽体験を提供した。コンクールで全部を出し切ってしまい、その後しばらく低迷する一部の日本人奏者とは180度異なる展開だ。大阪からベルリンへ戻りキャプ=フェレで再会するまでの間に、ルーカスはドレスデン音楽大学の教授に出世していた。ん、ドレスデンのベーム???。どこかで聞き覚えのある名前の気もするけど、無関係の他人だろう。大阪のコンクールを切り盛りする北野蓉子実行委員長も、彼らの素晴らしい進境に目を細めていた。


これを以て今年の滞在を終了、ランチやディナー、開演前のレセプション、終演後のパーティーで食した生牡蠣の総数は50を超えた。音楽だけに夢中となることなく自然との対話、慣れないフランス語に囲まれながらの交流、どんな田舎町に来ても質の落ちない食文化、地域それぞれの名産ワイン、気持ちいい空気の中で呼吸するスポーツなどなど、無数の楽しみが用意されているキャプ=フェレ・ミュージック・フェスティヴァル。まさに命の洗濯だ。

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