大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)第54回東京定期演奏会を2022年2月14日、サントリーホールで聴いた。音楽監督の尾高忠明の指揮によるブルックナー「交響曲第5番」のみのプログラム。大フィルの「ブル5」といえば1973年7月24日、東京文化会館大ホールの大フィル第12回東京定期で創立名誉指揮者の朝比奈隆が指揮した演奏で一躍、全国区の評価を確立した勝負曲。後に朝比奈自身が「自分がブルックナーをやって行けると確信したのは、この東京での5番がきっかけだった」と述懐、作曲家没後100年の1996年5月16日にはシカゴ交響楽団定期演奏会でも同曲を指揮した。2018年4月に大フィル音楽監督に就任して約4年、コロナ禍の中でようやく実現した東京公演の曲目に朝比奈の勝負曲を携えた背景にも、現在の尾高&大フィルの目覚ましい成果を広く知らしめたい気持ちがこもる。
両者の蜜月状態については昨年11月23日に本拠の大阪フェスティバルホールへ聴きに出かけた第553回定期演奏会、とりわけマーラー「交響曲第4番」の名演奏で詳しく述べた。
今夜の尾高もサントリーホールの舞台いっぱいに並んだ16型(第1ヴァイオリン16人)の大編成を自在にドライブ、朝比奈とは異なる流儀の「ブル5」を東京の聴衆の前で堂々と奏でた。コロナ禍で外国人客演指揮者の来日キャンセルが相次ぐ日々、盟友の井上道義ともども全国のオーケストラの代役指揮を引き受け多忙な尾高だが、やはりホームとアウェーでは楽員との一体感がまるで違う。全員がマエストロの一挙手一投足に食らいつき、「大フィルの今」を投影したブルックナーの再現に全身全霊をこめる。朝比奈が築いた解釈の土台や名声は尊重しつつ、世代交代が進み、尾高の下でアンサンブルを一新した2022年の大フィルを聴いてほしいとの熱意がひしひしと伝わる。管楽器群の技量向上、弦楽器群の厚みは疑いなく、現時点でも大阪トップのオーケストラといえ、決して伝統に胡座をかいてはいない。しかも重心が低く、ガツンとくるサウンド・アイデンティティーはしっかり保たれている。
尾高は早逝した父の尚忠(指揮と作曲)と同じくウィーン留学歴があり、ブルックナーに早くから傾倒してきた一方、斎藤秀雄門下のバトンテクニックの優等生であり、英国でのキャリアともども、近現代音楽のシャープな再現者の顔も持つ。インタビューの際も博覧強記、談論風発でありながら、なかなか本音を見せずに往生する場面もあるが、最後はいつも「いい話を聞けた」と満足できる稀有のヒューマンスキルの持ち主だ。今夜の「ブル5」も尾高の面目躍如、最初はキビキビと大フィルの機能性を最大限に引き出すバトンの鬼のふりをしつつ、中間2つの楽章では些かの停滞も辞さずにあれこれ細かい仕掛けを施し、最終楽章で思いの限りを一気に爆発させた。期待はしていたものの、それ以上に満たされた聴衆の拍手は熱く、最後は尾高とソロ・コンサートマスター崔文沫が再び舞台に現れ、祝福を受けた。
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