1931年生まれには何故か、日本のオーケストラに大きな足跡を残したマエストロが多い。札幌交響楽団名誉指揮者のラドミル・エリシュカが亡くなり、名古屋フィルハーモニー交響楽団名誉指揮者のモーシェ・アツモンが現役を引退、東京フィルハーモニー交響楽団名誉指揮者の大町陽一郎も活動を休止して久しいなか、NHK交響楽団正指揮者で大阪交響楽団名誉指揮者の外山雄三が指揮だけでなく、作曲活動でも現役を貫いているのは驚嘆に値する。
かつて共産党支持を公言、左翼思想の〝進歩的文化人〟と目されたことや、オーストリア留学時代の恩師エーリヒ・ラインスドルフを思わせる記憶力と聴覚、厳格なリハーサル、ニコリともしないクールでハードボイルドな音楽性が重なり、外山は長い間、多くのオーケストラの水準向上に力を発揮しながらも「煙たい」存在であり続けた。しかし、最晩年のカール・ベーム、朝比奈隆がそうだったように「長幼の序」を重んじる儒教価値観の影響下にある日本では、高齢の指揮者を崇拝する傾向が強い。89歳になった外山を新日本フィルハーモニー交響楽団が2020年10月16&17日、すみだトリフォニーホールの定期演奏会ルビー〈アフタヌーンコンサート・シリーズ〉第34回に外国客演指揮者の代役ではなく、最初からブッキングした背景にも、再評価の機運や希少価値の高まりがあったと思える。
外山は1966年に「交響曲第1番《帰郷》」を発表して以来、番号つきの4曲だけでなく日本各地の地名を伴う交響曲をいくつか書いてきた。今回の「交響曲」は2018年、当時「ミュージック・アドバイザー」の職責にあった大阪交響楽団の委嘱で作曲した最新作。3つの部分からなる単一楽章形式。日本的な旋律が随所から聴こえ管弦楽も雄弁に鳴るが、すべてが乾いていてフォルテは垂直に空間を切り裂く。モダニスト、の言葉を久々に思い出した。
次いでサクソフォンの俊英、上野耕平をソリストに迎えコンチェルト風の楽曲を2つ。第二次世界大戦前の欧米でシェーンベルクやデュカス、N・ブーランジェの薫陶を受けたモダニストの先輩、大澤壽人の「サクソフォン協奏曲」(1947)とフランスのアンリ・トマジの「アルト・サクソフォンと管弦楽のためのバラード」(1938)。大澤作品はジャズなどの軽音楽と近代管弦楽、日本情緒の融合させたラプソディックな佳作であり、まだ20代の上野はどれか1つの面に偏らず、それぞれの要素を温かな音色、精彩あふれる歌心で適確に再現した。トマジは道化師の憂鬱をテーマにしたスザンヌ・マラールの詩に想を得てイングランド風の旋律のアンダンティーノ、スコットランド舞曲風のジグ、アフリカ系アメリカ人の嘆きを歌うブルースの3楽章からなる味わい深い作品。上野のソロは一段と冴え、外山も楽曲が成立した当時の「時代精神」「音の情景」を陰影豊かに引き出し、聴き応えがあった。
後半は生誕250周年ということでベートーヴェンの人気作、「交響曲第7番」。壮年期の外山によるベートーヴェンは「第9」で60分、「第5」で30分を切る豪速球でハードな棒さばきを特徴としていた。だが今回、リハーサルの〝牛歩〟に楽員が音を上げ、コンサートマスター(仙台フィルハーモニー管弦楽団音楽監督時代のコンマスでもある西江辰郎)との間で「話し合いが持たれた」といった囁きが事前に漏れるなど、「かなり大胆に遅いらしい」とは聞いていた。ちょうど1年前、大響定期のショスタコーヴィチ「交響曲第15番」で彼岸を思わせる時間の超越、ロッシーニを引用した箇所でニコリともせず、社会主義リアリズム崩壊の残骸に冷笑を浴びせるような感触に戦慄を覚えた経験があり、覚悟はしていた。
果たして繰り返しなしの約45分間、「ベト7」の「舞踏の聖化」(ワーグナー)は過去の幻影へと追いやられた。外山は丁寧にスコアを見ながら自らの指揮体験を総括し、「これだけは押さえなければならない」要所に強烈なエネルギーを集め、すべての音をじっくりと鳴らしていく。今年6月の公開演奏再開後、スター楽員が抜けた後に入ったフルート、すでに現役を退いていたオーボエ往年の名手のコンビに(申し訳ないが)絶えず感じてきた不満が今回は全く消え、むしろ外山の要求を高い水準で満たし、他では聴けない音楽の造型に大きな力を発揮していたのも驚きだった。全員が老マエストロの術中にはまり、見てはいけないし見たくもない彼岸へと連れて行かれ、日常ありえない音の光景を繰り広げるかの趣。何故か滋味にもあふれ、最後はジーンとしてしまった。今の外山雄三は、面白い!
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