• 池田卓夫 Takuo Ikeda

堺シティオペラ「アイーダ」、若い男女の愛と蹉跌を描いた粟國淳演出の勝利!

最終更新: 1月14日


大阪府堺市に本拠を置く地域オペラカンパニー「堺シティオペラ」は1986年発足。常設の事務局、支援組織(友の会)を擁して市民合唱団とプロ・オーケストラ、一流ソリストを組み合わせ、イタリア・トッレ・デル・ラーゴのプッチーニ・フェスティバルなど海外からも招かれるなど、高い上演水準を維持している。2020年1月11&12日、昨年オープンしたフェニーチェ堺大ホールでの第34回定期公演は演出に粟國淳、管弦楽に牧村邦彦指揮の大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団を迎え、ヴェルディの「アイーダ」に挑んだ。過去に府内の別都市で堺シティオペラを観たことはあったが、堺の街を訪れるのも、フェニーチェ堺に足を踏み入れるのも、生まれて初めての体験だった。しかも両日とも、開演30分前の13時30分から15分間のプレトーク出演を依頼され、10日の2日目組ゲネプロをチェックして解説内容を最終的に固める必要があったので、「アイーダ」全曲を3日続けて観る幸運にも浴した。


何故か「アイーダ」と自分の縁は深く、フィレンツェ5月音楽祭劇場の初来日公演を当時の勤務先に提案して実現したときの演目として首席指揮者(当時)のズービン・メータから直接、音楽面から見たアムネリスの性格分析の〝授業〟を受けたり、後に定番化した主催オペラ事業でミラノ・スカラ座日本ツアーを担当した折は同じく首席指揮者(当時)のダニエル・バレンボイムから「これはヴェルディにおける《トリスタンとイゾルデ》、愛と死を描いた作品だ」と力説されたりした。バレンボイムは第2幕第2場の「凱旋の場」を「死への前奏曲」として「もっと静かに!(silenzio!)」とオーケストラに指示を出し続け、日本に先立つミラノでは、イタリア人(楽員と観客の両方)から激しい反発を浴びた。だがヴェルディとジャーナリストでもあった台本作家ギスランツォー二の視線は、確かにエジプト考古学でもスエズ運河開通でもなく、宗教が国王をも牛耳る司祭国家といった絶対権力が戦闘態勢に入ったとき犠牲になる家族や恋人たちの愛、受け身の形で社会から疎外される女性や子どもたちの姿に注がれていた。敵対する2つの国の男女の愛(アイーダとラダメス)、嫉妬の炎は燃やせても国家や宗教の前では無力な王女(アムネリス)の愛、その蹉跌が「アイーダ」の真のテーマであることを考えると、バレンボイムの指摘自体は間違っていない。


粟國はプログラムノートに「ヴェルディが厳密に規定した主役3人の年齢」を改めて記した。アイーダとアムネリスは、ともに20歳。ラダメスが24歳だ。プレトークで「若手組のキャストであっても、もっと年季を積んでおられますし、この重たい役を歌うには、それなりの体格も必要ですから、どうか客席のみなさま〝20&24〟と呪文を唱えながら開演までのお時間、イメージトレーニングをよろしくお願いします」と語りかけたら笑いが起きた。お笑いの本場の関西で、野暮な東京人が受けをとる可能性は極端に低いと思われ、まぐれ当たりだろう。さらに悪ノリして「本当に現実味のない夢見るカップルですね。眞子さまと小室圭さん、ヘンリー王子とメガン妃とかと大差ない●カップルです」と、やや不敬なことを口走ったら、今度は失笑を買った。やはり、本場で笑いをとるハードルは高い!


ともあれ粟國の提示したヴィジュアルは陰影に富み、「凱旋の場」でも群衆を座らせて動きを抑えた上で照明を逆光にして、アイーダだけにスポットライトを当てることで「疎外」(カール・マルクス的な意味で)の状況を際立たせていた。第4幕第2場でも下手側の石室だけに光を当てアイーダ、ラダメスが息絶えると暗転、「平和!(pace!)」と祈り続けるアムネリスが浮かび上がるなど、「必要なものだけを見せる」行き方でケバケバしさを排して主役3人の内面心理を際立たせ、室内楽のように濃密な会話を成立させた。抽象的で幾何学的な舞台(横田あつみ)ではヴィーラント・ワーグナーの「新バイロイト様式」を踏まえる一方、背景の画像は初演(1871年)当時の絵幕主体の美術へのオマージュとし、「ワーグナーに接近したヴェルディの作曲手法」が目立つ「アイーダ」の立ち位置を明確に示した。逆算すれば、先日の日生劇場「トスカ」(プッチーニ)では開発途上だった粟國の新しい展開、円熟と一体になった内面への視線が堺でようやく、一定の成果を出した。衣装は亡き父、粟國安彦が1982年に東京二期会で「アイーダ」を演出した際、緒方規矩子のデザインしたものを基本としており、日本における作品上演史へのリスペクトも忘れていない。


牧村とカレッジ・オペラハウス管の音楽も、演出と完全に美意識を共有した。異様に遅い前奏からして死の匂いが漂い、「凱旋の場」においてすら暗く、深い響きを引き出す。とりわけ第3幕から第4幕にかけて振幅の大きさ、ルフトパウゼ(無音の空間)の活用、弱音の重視などがことごとく決まり、関西随一のオペラ指揮者とオーケストラの表現力を示した。


キャストは初日が概ね年長、2日目が若手中心だった。アイーダ・アムネリス・ラダメスの主役トリオは11日が並河寿美、福原寿美枝、イタリアで活躍する韓国人ルディ・パーク、12日が水野智絵、伊藤絵美、藤田卓也。並河組はドラマティックで素晴らしい発声と演技で圧倒、水野組はより叙情的な声で繊細に迫り、すっかりコンディションを戻した藤田が渾身の歌唱で全体を牽引した。他に目立った歌手は11日アムナズロの迎肇聡、巫女長の端山梨奈、12日ラムフィスの片桐直樹、伝令の島影聖人ら。岩城拓也が指揮する堺シティオペラ記念合唱団も安易な人海戦術に頼らず、芸術的に説得力のある演奏を披露した。西尾睦生が振付を担当、所属を異にする7人の女性ダンサーが担ったバレエシーンも見事で、最年少(10歳)の森虹乃歌のキレの良さには恐れ入った。別にプレトークの仕事がなくても絶賛のレビューを書いたはず、と保証する。堺まで、来た甲斐があった。

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