クラシックディスク・今月の3点(2024年5月)
「吉見友貴 リスト:ピアノ・ソナタ」
吉見友貴(ピアノ)
J.S.バッハ/ブゾーニ編:われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ BWV.639
ベートーヴェン:創作主題による6つの変奏曲ヘ長調 Op.34
ブラームス:パガニーニの主題による変奏曲 第1集 Op.35-1
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
ガーシュウィン/ワイルド編:7つの超絶技巧練習曲~No.4 Embraceable You
2000年生まれ、高校2年生で日本音楽コンクールに優勝、現在は米ボストンのニューイングランド音楽院に留学中のピアニスト吉見友貴のデビュー盤。長くコンクールで弾き込んできたリストをメインにドイツ「3大B」を配し、近況を象徴するガーシュインをアンコール風に添えた。元々、腕の立つ奏者だが、ここでは渡米後に開けた視野を反映してか、作品をじっくりと掘り下げ、聴き手にゆっくりと語りかける心のゆとりが際立つ。すでに一級のヴィルトゥオーゾ(名手)のクオリティを備え、鮮やかな滑り出しとなった。2024年1月10〜12日、山形県シェルターなんようホール(南陽市文化会館)でセッション録音。
(日本コロムビア)
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※雑誌「ショパン」8月号に巻頭インタビュー記事を書きます。
グルック「歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》」(1762年ウィーン初演版/イタリア語歌唱)全曲
ヤクブ・ユセフ・オルリンスキ(カウンターテナー=オルフェオ)、エルザ・ドライジグ(ソプラノ=エウリディーチェ)、ファトマ・サイード(ソプラノ=愛の神)
ステファン・ブレフニャク指揮イル・ジャルディーノ・ダモーレ
カウンターテナーによるオルフェオが広まり始めた1980年代末、筆者の愛聴盤はヨッヒェン・コヴァルスキーが歌い、ハルトムート・ヘンヒェンが東ベルリンのカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ室内管弦楽団(モダン楽器のピリオド奏法)を指揮した「カプリッチョ」レーベルの全曲盤だった。それまでのバリトンがドイツ語で歌い、重く暗めの管弦楽に彩られた演奏に比べれば別世界、「オペラの改革者」と呼ばれたグルックの真価が少し、明確になったような気がした。
だが人道上の理由でカストラート(去勢によって少年の声を保った歌手)が禁じられたのを受け、20世紀に〝開発〟されたカウンターテナーの技術革新、ピリオド楽器演奏の安定は21世紀に入って一段と進んだ。ポーランド出身のスーパースター、オルリンスキは「オルフェオを歌うことは長く私の夢でした」といい、オルフェオ役と芸術監督を兼ね、極上の演奏を完成した。歌と管弦楽の両面で高い技術水準に到達、それぞれが最大限に豊かな感情表現を聴かせる結果、「オペラの改革者」の凄みが一層リアルに伝わる。2023年1月23〜29日、ワルシャワのポーランド放送協会第2スタジオでセッション録音。
(ワーナー ミュージック)
ラファエル・フォン・ケーベル「9つの歌」
瀧廉太郎「荒城の月」「秋の月」「花」
山下牧子(メゾソプラノ)、佐野隆哉(ピアノ)
夏目漱石の随筆「ケーベル先生」に名を残すドイツ系ロシア人、ラファエル・フォン・ケーベル(1848ー1923)は明治政府の「お雇い外国人」として来日、東京帝国大学で哲学と西洋古典学を教えたほか、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)に出講してピアノ、音楽史を担当した。瀧廉太郎も教え子の1人で、ライプツィヒ留学の際の推薦状をケーベルが書いている。日本で作曲した「9つの歌」は岩波書店創業者、岩波茂雄の孫娘に当たるピアニストの小松美沙子が再発見し、1992年に小松編集の楽譜、1998年に小松と古嵜靖子のソプラノによるCDがそれぞれ音楽之友社から発売された。
明治の文豪をはじめとする日本人と西洋音楽の出会いを長く研究してきた音楽学者、瀧井敬子は岡山市の社会福祉法人「旭川荘」とともに文化交流事業「グラチア・アート・プロジェクト」を展開。瀧井は森鴎外が傾倒したというドイツ・ロマン派オペラ「ゼッキンゲンのトランペット吹き」(ネッスラー)日本初演(2006年)をドイツのバート・ゼッキンゲン市の姉妹都市、山形県長井市で実現した縁を生かし、同アート・プロジェクトを長井市へと展開した。その第1作として過去の「グラチア音楽賞」受賞者でもある山下、佐野の演奏でケーベルと瀧の歌曲の新録音セッションを2023年8月11〜13日、長井市民文化会館で行った。
オペラだけでなく交響曲やオラトリオでも定評のある山下の確かなドイツ語歌唱と、グラチアの企画で山田耕筰のピアノ曲全集も録音している佐野のピアノの組み合わせは理想的だ。
(制作=妙音舎、発売=ナクソスジャパン)
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