• 池田卓夫 Takuo Ikeda

内田光子が語る、ラトル&BPOとのベートーヴェン「ピアノ協奏曲全集」実況盤

最終更新: 2019年5月13日


4年前に発足したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)の自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」は従来、交響曲の全集録音を軸に展開してきた。ジョン・アダムズ作品集にリーラ・ジョゼボヴィッツ(ヴァイオリン)が独奏した「ヴァイオリン協奏曲《シェエラザード2》」の例外はあるが、器楽のソリストを前面に立てたボックスは今回の内田光子(ピアノ)独奏、サイモン・ラトル指揮のベートーヴェン「ピアノ協奏曲全集(第1〜5番《皇帝》)」が初めてとなる。BPOによる5曲の全集セットでは1970年代のアレクシス・ワイセンベルク&ヘルベルト・フォン・カラヤン(旧EMI、現ワーナー)、1985年のダニエル・バレンボイムの弾き振り(同)、1990年代のマウリツィオ・ポリーニ&クラウディオ・アバド(ドイッチェ・グラモフォン)に続くもの。ラトルにとってはアルフレッド・ブレンデル、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と1997〜98年に録音(旧フィリップス、現デッカ)して以来のリリース。さらに内田は1994〜98年にクルト・ザンダリンク(ザンデルリンクは日本独特の表記で、実際のドイツ語発音はザンダリンクに近い)指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(第3&4番)、バイエルン放送交響楽団(第1、2&5番)とのセッション録音(旧フィリップス、現デッカ)を完成している。


ベルリン・フィル・レコーディングスのボックスは2009/10年のシーズン、BPOのアーティスト・イン・レジデンスだった内田が2010年2月4日に第1番、10日に第2&3番、14日に第5番、20日に第4番をラトル指揮で独奏した際のライヴ録音。オーディオはCD3枚およびブルーレイ・オーディオ1枚、ハイレゾ音源(48kHz/24bit)のダウンロード・コード。ヴィジュアルはブルーレイ2枚(特別インタビューの特典映像付き)と、例によってマニアックなボックスに仕立てた。


ディスクを交換せず、全5曲通しで聴けるブルーレイ・オーディオで先ず全曲を試聴した。ライヴならではのグルーヴ感は圧倒的。確実な打鍵と木質系の温かな音色でドイツ=オーストリア音楽の基本に忠実ながら、才気煥発、刻々と「相」を変化させていく内田のピアノにラトルが機敏に対応、フィルハーモニカー一人一人が獰猛に食らいつき、大きな音楽の弧を描いていく。初期2曲のフレッシュな表情が次第に陰影を帯び、「皇帝」の緩徐楽章の深い味わいへと展開していくプロセスを、まさにリアルタイムでトレースできるかの趣きだ。



2018年11月5日、東京サントリーホール・ブルーローズ(小ホール)で輸入発売元のキング・インターナショナルが開いた記者会見にはベルリン・フィル・メディアGmbHのオラフ・マニンガー代表(BPOソロ・チェロ奏者)、ロベルト・ツィンマーマン取締役とともに内田自身、旧オランダ・フィリップス・クラシックスの新忠篤・元副社長が出席した。過去のインタヴュー経験に照らしても、ユーモアを絶やさない内田の言葉はできるだけ加工せず、そのまま文字化するのに尽きると思うので、以下に再現してみる。


「最初は『古いのを出すなんて、いや』だったけど、『まあ聴いてくれ』と言われ、聴いてみたのです。本当のライヴのバイタリティーがある演奏だと思いました。その後(ベートーヴェンの)手稿譜に当たり直したりして考え方、弾き方を変えた部分もありますが、2010年当時のベルリンとサイモンと私。お互い、まだ若かった(笑)時の記録には違いありません。もし今、改めて入れ直せば別のことをするでしょう。私自身は同じ曲を何度も録るの、好きじゃありません。それは演奏家の驕慢(きょうまん=おごり)です。よく3度も録り直し、最初のが一番よかったなんてケースがあるでしょ? 大好きなサイモンとの記念でもあり、『出しても構わないでしょう』となったのです」


「舞台に出ると、(リハーサルや録音などとは)全然違うものがワーッと出てきます。私のすべての演奏は、絶対性ではありません。絶対性とは、楽譜に書かれた真実だけです。演奏家は、それを人々と分かち合うことに存在の目的があります。私としては、弾いては消えていく演奏の中で『まあ、いいものもあったかしら』程度の感じ。だからレコーディングも、本当なら『良かったら出そうか』にして欲しい。でも今回はハラをくくりました。ベルリン・フィルにしかない力がある。いうなれば彼ら、怪物なんですよ。怪物と弾く楽しさ、があるのです。ああ、サイモンは怪物ではありませんよ(笑)、あくまでベルリンのフィルハーモニカーたちです」



質疑応答が始まったので、質問した。「以前にインタヴューさせていただいた際、『ベートーヴェンの5曲の再録音に関し、マリス・ヤンソンスをはじめとするマエストロたちから誘われているけれども、ザンダリンクさんが御存命のうちは考えられない』とおっしゃっていました。今回は、ザンダリンクさんの逝去(2011年)を受けた結果の承諾でしょうか?」


内田の答え:「サイモンとのものはあくまでコンサート。レコーディングになるとは思っていませんでした。ヤンソンスを含め、ザンダリンク存命中は一切やらないと決めていたのは事実です。だいたい録音のオファーは人から言われるもので、ベートーヴェンやモーツァルト、シューベルト、シューマンはあっても、シェーンベルクはなかなか来ません。シェーンベルクもブーレーズと入れてしまったから、2度目はないわね。絶対に売れませんから」


「レコード芸術」誌の大高達夫編集長は、「アーティスト・イン・レジデンスの期間中、楽員やカラヤン・アカデミー在籍者と行った室内楽演奏会のライヴ録音が日の目をみる可能性はありますか?」と質問。


再び、内田の答え:「ありません。私はルドルフ・ゼルキンらが立ち上げた米マールボロ音楽祭の校長を長年務めていますが、きちんと室内楽を演奏するには最低4週間、みなでリハーサルを重ねてごちゃごちゃ言ったり、『待ってみましょう、ホトトギス』をしたりでが必要です。こうした室内楽のあり方、マールボロ以外の大きなマーケットではできません。BPOの人たちが2週間も付き合ってくれるとは思えない(ここでマニンガーから『喜んで付き合いますよ!』と茶々が入った)。まあピアノ五重奏曲なら、きちんと出来上がった弦楽四重奏団が来てくれれば、もう少し短時間で演奏可能です。あとは管楽器かな? 最近、作曲家でもあるクラリネット奏者のイェルク・ヴィトマンと気が合ったので、彼とベルクの作品5(クラリネットとピアノのための4つの小品)とか共演したら、目がチカチカするほど素晴らしい録音のできる予感はあります。声楽家とも色々な提案がありますが、実際に録音する数年後、声が一変してしまっているリスクも大きいので、なかなか難しいのです」


〝光子節〟炸裂の30分。明日(11月7日)のリサイタルが益々、楽しみになってきた。



0回の閲覧

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

  • Facebook Social Icon
  • Twitter Social Icon