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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

佐野隆哉・小林正枝・蓜島啓介・Mストルツマン

クラシックディスク・今月の3点(2023年5月)


個性的な企画ばかり、集めてみた

「ピアノ作品にみる山田耕筰ルネサンス」

佐野隆哉(ピアノ)

DISC 1

主題と変奏

彼と彼女 七つのポエム

若いパンとニンフ 五つのポエム

日記の一頁 プチ・ポエム集

迎春

DISC 2 夜の歌1 夜の歌2 夢噺し みのりの涙 「夜の歌」に寄せて 子供とおったん 青い焔 黎明の看経 哀詩「荒城の月」を主題とする変奏曲 源氏楽帖 妬の火

DISC 3 スクリャービンに捧ぐる曲 牧場の静夜 月光に棹さして ただ流れよ 壺の一輪 聖福1 聖福2 ソナチネ(コドモのソナタ) 日本風の影絵 クランフォード日記 夢の桃太郎 ピアノのための「からたちの花」 ポエム 前奏曲「禱り」 前奏曲 変ホ長調 春夢 前奏曲「聖福」 前奏曲 ト短調

DISC 4 日本組曲 春雨 六段 鶴亀 千鳥の曲 京の四季 My true Heart New Year’s Eve ガヴォット 憧景の歌 無言歌 感謝の祈り 秋の日のメロディー 祝婚儀 行進曲 メヌエット 2つのソナチネ Ⅰ 2つのソナチネ Ⅱ Fox Dance


「春の歌」

小林正枝(ヴァイオリン)、佐野隆哉(ピアノ)

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 へ長調「春」Op.24 シューマン:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ短調 Op.105 J.S.バッハ:G線上のアリア (ヴィルヘルミ編曲) シューマン:3つのロマンスより 第2番 Op.94 メンデルスゾーン:無言歌集より「春の歌」Op.62-6 (パラシュコ編曲) ブラームス:5つの歌曲より「瞑想曲」 Op.105 (ハイフェッツ編曲) ブラームス:F.A.E.ソナタ「スケルツォ」ハ短調 WoO2 レーガー:ロマンス ト長調 R.シュトラウス:4つの歌より「明日の朝」Op.27-4 (フバイ編曲) ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集 第5番「夢」(アウアー編曲)


佐野隆哉は1980年生まれ、東京藝術大学大学院からパリ国立高等音楽院第3課程研究科に進み、内外のコンクールで上位入賞を果たした。現在は国立音楽大学や東京都立総合芸術高校で後進の指導に当たりながら、ソロ、協奏曲、室内楽など幅広いジャンルで一線の演奏活動を続けている中堅ピアニストだ。以前はひたすら真摯なアプローチが表現の硬さや音色のパレットの少なさをもたらす瞬間もあったが、40歳代に入って、より柔軟な表現と多様な色彩を駆使する演奏へと、大きな飛躍を遂げつつある。


日本の西洋音楽黎明期を象徴する山田耕筰(1886ー1965)のピアノ曲集ではロシアのピアニスト、イリーナ・ニキティーナが1994年12月にチューリヒのスイス放送協会スタジオで録音、日本コロムビアが発売した2枚組のCDがかつて話題に上った。佐野は音楽学者の瀧井敬子氏、山田の遺産管理団体である日本楽劇協会の山田浩子理事長(耕筰の養女)らの協力を得て習作から編曲までを網羅した「現時点で考えられる最も完全な全集」(瀧井氏)の完成に漕ぎつけた。瀧井氏は山田が少年時代に義兄のジョージ・エドワード・ガントレットの赴任先である岡山県で過ごし西洋音楽に開眼した史実、自身が同県の社会福祉法人「旭川荘」が進めるアートと福祉のコラボレーション「グラチア・アート・プロジェクト」に深く関わってきた体験の両面から、CD4枚分の山田「ピアノ曲全集」を「グラチア音楽賞」第3回受賞者である佐野の独奏、近隣の真庭市の久世エスパスセンター「エスパスホール」でのセッション録音(2020年11月&2021年5月)によって実現する企画を主導した。


ニキーティナ盤には親日家で知られた旧レニングラード・フィルハーモニー交響楽団チェロ奏者の父、スイス人テノール歌手の義父(エルンスト・ヘフリガー=当時)の影響もあり、異国の作品を強い思い入れとともに再現していた半面、ロシア奏法の強じんなテクニックで颯爽と弾き進む傾向が感じられた。佐野盤はメカニックで何の遜色もない以上に繊細で柔軟な音色と表情の変化で際立ち、山田の譜面からまた1つ、新しい輝きを引き出している。山田の没後15年後に生まれた次世代ピアニストとして真っサラの状態で音楽と向き合い、21世紀のデフォルト(基準値)、リファレンス(参考文献)に値する音源の担い手となった。

(スタジオN.A.T)


佐野の新譜がもう1点、山田とほぼ同時に発売された。ドイツ在住のヴァイオリニスト、小林正枝とのデュオ・アルバムだ。小林は桐朋学園大学卒業後、ベルリン芸術大学にて研鑽を積む。ブランデンブルグ州立歌劇場、ブランデンブルグ州立管弦楽団などのコンサートマスターを経て、2021年からバーデン州立歌劇場管弦楽団の第2ヴァイオリン首席奏者を務めているという。ベートーヴェンの「春」ソナタを軸にJ・S・バッハからR・シュトラウス、レーガーまでの小品を集めた新譜でも演奏家のエゴを巧みにコントロール、「音楽の下に己を置く」再現芸術家の王道に徹したアプローチでヨーロッパの音楽の真髄を伝えている。佐野のピアノも小林とのアンサンブルを心から楽しみ、骨格のしっかりとしたデュオに仕上げている。2022年8月30&31日、千葉県白井市文化会館大ホールでのセッション録音。

(LIVE NOTES=ナミ・レコード)


「イザイ・オン・ピアノ」

イザイ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」全6曲の大脇滉平によるピアノ独奏版編曲

蓜島啓介(ピアノ)


いきなり私事ながら、2023年5月の最も手の込んだ仕事はヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)がドイツ・グラモフォン(DG)に録音した新譜「イザイ《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》全6曲」のライナーノート執筆だった。例によって録音に至るまでの歩みや心境を事細かく、ちょっと独特の表現で綴ったヒラリー執筆のエッセイの翻訳に手間取り、オリジナルの解説部分では、久しぶりにこの近代ヴァイオリン音楽の金字塔と正面から向き合った。


偶然にも同時期、妙音舎の小野啓二代表から同じ曲の新譜が送られてきた。「さらに楽曲への理解が深まる」とぬか喜びしたのも束の間、音源は何と「イザイ不朽の名作、ピアノ編曲による世界初録音」だった! 蓜島啓介は1981年生まれ、東京大学法学部と法科大学院を修了、現在は弁護士とピアニストの文字通り「二足の草鞋」で活躍している。2018年にまだ東京藝術大学音楽学部作曲科に在学中だった大脇滉平(1996年生まれ)と知り合い、バッハ作品のいくつかに続き、イザイ「無伴奏」第2番の第1楽章のピアノ独奏編曲を依頼した。半ば冗談だった「いつかは全曲」という話が現実となり、全6曲の編曲が完成したのは2021年。蓜島は2021、2022年に3曲ずつ演奏会で初演した後、2022年8月12〜15日に東京・稲城市のiプラザでセッション録音に臨んだ。


蓜島と大脇それぞれの深い理解と卓越した技巧を通じ、イザイのソナタがバッハへのオマージュという原点に立ち返り、ヴァイオリンからピアノという楽器の変換を超えた次元で強いメッセージを放つ。そして、ベタなアレンジのはるか先にある再創造の精神は、新たな魅力を備えたピアノ独奏曲を産むのにも成功した。次はハーンの新譜と交互に再生してみよう。

(制作=妙音舎、販売=ナクソスジャパン)


「マリンバ・ソウル」

ミカ・ストルツマン(マリンバ)、リチャード・ストルツマン(クラリネット)

01, 虹の彼方に Over the Rainbow (Harold Arlen)

02, アミュレット・フォー・マリンバ Amulet for Marimba (Paul Simon)

03, あんたがたどこさ Antagatadokosa (Traditional)

04, シャコンヌ Chaconne (J.S. BACH)

05, パルス・ウェイヴ・フォー・ソロ・マリンバ Pulse Wave for Solo Marimba (Joel Ross)

06, ムーン・リヴァー Moon River (Henry Mancini)

07, バースデイ・ソング・フォー・ミカ Birthday Song for MIKA (Chick Corea)

08, デボラのテーマ Deborah’s Theme (Ennio Morricone)

09, イングリッシュマン・イン・ニューヨーク Englishman in New York (Sting)

10, 無伴奏チェロ組曲第3番 Cello Suite No.3 (J.S. BACH)

★日本盤のみのボーナストラック

11, イマジン Imagne (John Lennon)


私はマリンバと聞くと、どうしても「勝気な女性が全身全霊をこめ、ガンガン叩きまくる」という昔の現代音楽演奏会のトラウマに支配され、なかなか単独の録音を聴く気が起きないでいる。さる5月18日、全くの偶然からボストン郊外ウィンチェスターのストルツマン家に呼ばれ、ミカさんが最後に「これ、私のCD。池田さんと色々話した《シャコンヌ》も入っているわよ」といい、手渡してくださった新譜も「恐る恐る再生した」というのが真相だ。


結果は予想と全く違った。柔らかく流れるメロウな音楽。ミカさんや私がティーンエイジャーだった時代に流行ったAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の都会風で洗練されたサウンドのイメージに近い。「ムーン・リヴァー」とボーナストラックの「イマジン」では80歳の今も衰えを知らない夫君リチャードのクラリネットの妙技も聴ける。件(くだん)の「シャコンヌ」はレガートな感触をたたえ、「あんたがたどこさ」や「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」と何の矛盾もなく鎮座しているのが面白い。「バースデイ・ソング・フォー・ミカ」は2019年、チック・コリアがミカのために書き下ろした作品だ。


トラック1〜7、11は2023年1月9〜11日に西コネチカット州立大学ホール、8〜10は2021年11月15&16日にマサチューセッツ州メカニクス・ホールでのセッション録音。

(ディスクユニオン)




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