• 池田卓夫 Takuo Ikeda

佐藤俊介・宮田大・リシエツキの新境地

最終更新: 2019年11月4日

クラシックディスク・今月の3点(2019年10月)


J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲

佐藤俊介(ヴァイオリン)

2019年9−10月、音楽監督を務めるオランダ・バッハ協会管弦楽団との最初の日本ツアーを成功させた佐藤俊介。10代でモダン・ヴァイオリンの新星として米国で頭角を現した後に欧州へ転じ、バロック・ヴァイオリンでも新境地を開いた。1年前には浜離宮朝日ホールでJ・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」を一気に演奏、快刀乱麻の弾きっぷりに瞠目したレビューを本サイトに書いた。


https://www.iketakuhonpo.com/post/%E4%BD%90%E8%97%A4%E4%BF%8A%E4%BB%8B%E3%81%AEjsb%E7%84%A1%E4%BC%B4%E5%A5%8F-%E6%98%BC%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%88%90%E5%B0%B1


普通はライヴが大胆な即興に満ちていても、セッション録音では抑制を利かせるところ、2017年5ー6月にオランダの教会で佐藤が収録した全曲盤は、実演では不可能と思えるほどのイメージを膨らませ、大胆な賭けにも打って出る。2か月前(2019年8月)の「3点」に挙げた前橋汀子がモダン・ヴァイオリンによる究極の正面突破なら、俊介はバロック・ヴァイオリンとボウ(弓)による超越の全面展開だろう(形容のパロディが分かる人、かなりの年配者デス)。「とにかく四の五のぬかさず、お聴きなさい!」と叫びたくなる快演だ。

(ACOUSTIC REVIVE、販売元=キングインターナショナル)


エルガー「チェロ協奏曲」/ヴォーン=ウィリアムズ(マシューズ補筆復元)「暗愁のパストラル」

宮田大(チェロ)、トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団

昨夜(2019年11月2日)、テレビ朝日系で人気ドラマ「おっさんずラブ」の続編(2)「In the Sky」が始まった。おっさんを混乱させる若い同僚のポジションは林遣都から千葉雄大に替わった。千葉のあだ名は「だいだい」。千葉より3歳年長、クラシック音楽業界で若手ホープのチェロ奏者の宮田大(1986ー)も仲間内では「だいだい」と呼ばれている。私は彼がまだ高校生のころ、奨学金の審査で存在を知って以来、宮田がいかに努力を積み重ね、今日の地位まで来たかをリアルタイムでトレースしてきた。基本は柔和で礼儀正しい好青年だが、芯に強い意思と高い目標を秘め、半端な「天才少年」以上の厳しい自己鍛錬と、広範な好奇心が求めずにいられない多様な勉強でいつの間にか、抜きん出る位置に出た。


小澤征爾指揮水戸室内管弦楽団とのハイドンの「チェロ協奏曲第1番」のライヴを収めた映像ソフトはあったものの、オーディオCDでの協奏曲のセッション録音が今回が初めて。2019年5月に英国グラスゴーで収録したエルガーの協奏曲は「実演で何度も弾いてきた」(宮田)レパートリーだが、デンマーク出身の俊英指揮者ダウスゴーと彼のオーケストラが造形する曇りない音像、さらにそれをリアルにとらえた超優秀録音を得て、すべてのポテンシャル(潜在能力)を全開にしている。どこまでも骨太で温かいチェロ独奏の音色は人間の声に限りなく近く、時には吐息のように響く。私は今年4月にピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団のヨーロッパ公演を同行取材、何か所かで英国の新進チェリストであるシェク・カネイ=メイソンとのエルガーを聴いたが、まだ20歳で素材の魅力が先立つシェクに比べ、宮田は若いながら豊富な演奏経験を生かし、味わいの深さで秀でる。


カップリングのヴォーン=ウィリアムズ作品は20世紀のチェロの巨人で独奏楽器としての復興のパイオニアだったカタルーニャ生まれの巨人パブロ・カザルス(1876ー1976)のための協奏曲を計画しながら、未完に終わった作品の緩徐楽章をマシューズが復元、2010年にスティーヴン・イッサーリスの独奏で初演した作品だ。民謡風の主題は何故か日本風に響く瞬間もあって、なかなか魅力的だ。

(コロムビア)


ベートーヴェン「ピアノ協奏曲」全集(第1−5番《皇帝》)

ヤン・リシエツキ(ピアノ&指揮)

アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ(リーダー=トモ・ケラー)

2020年のベートーヴェン生誕250周年に向けて交響曲や協奏曲、ピアノ・ソナタなどの全集新録音のリリースが増えているが、1970年の生誕200周年と最大の違いは各社、功なり名遂げた巨匠ではなく、新進クラスの演奏家の可能性に賭けた点だろう。半世紀前には間違いなくクラシック音楽録音の「保守本流」の頂点に立っていたレーベル、ドイツ・グラモフォン(DG)も今回は交響曲を1972年生まれのラトヴィア人アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ピアノ協奏曲を1995年生まれのポーランド系カナダ人ヤン・リシエツキが弾き振りするロンドンの「ジ・アカデミー」(ASMF)に委ねた。リシエツキを献身的に支えるASMFリーダー(英国独特の呼称で、世界一般にはコンサートマスター)のトモ・ケラーは1974年シュトゥットガルト生まれ、日独ハーフのヴァイオリニスト。しかも収録は2018年12月、コンツェルトハウス・ベルリンでの3回連続演奏会のライヴに基づく。徹底したコスモポリタン志向は偶然ではなく、DGの明確な意図だろう。


往年の冬季オリンピック開催地、カルガリーに生まれたリシエツキの音楽的「筋」の良さは理解しつつも正直いまいち、その良さをつかみかねていたのだが、今回のベートーヴェンは完全に脱帽である。まだ若いのに、往年の巨匠芸からピリオド楽器の実践を通じたアーティキュレーションやフレージングの洗い直し、ピリオドとモダンが融合した現代最先端の演奏スタイルまでのパースペクティヴを完全に手中に収め、現時点で最大公約数の聴き手が納得する再現を一切の気負いなしに、自然体で実現してみせる。実質〝双子〟である最初の2曲から第3番への驚異的ジャンプ(同じ「第3」の番号を持つ「英雄」交響曲での飛躍に酷似)、それと「ネガ」「ポジ」の関係にある第4番の隠れた新奇性を経て、第5番「皇帝」での(これまた交響曲第9番「合唱付」の誕生に酷似した)破格の成就に至る作曲家のワーク・イン・プログレスのプロセスは、これ以上あり得ないほどの明快さで提示される。


様式感と表裏一体で評価すべきは、リシエツキが紡ぎ出す音の美しさと、一つ一つの和音に反応する感性の鋭さだ。時間の進行に即した調性や和声、リズム、ニュアンスなどの変転が3Dの映像並みの鮮やかさで知覚できるのは、滅多にない体験だった。アカデミーは創立者のネヴィル・マリナー(1924ー2016)以来、ベートーヴェンの協奏曲の伴奏〝業務〟には豊富な蓄積(ピアノのティル・フェルナーやヴァイオリンのギドン・クレーメルらとの録音もある)があり、極めて柔軟で有機的な反応をみせる。全編これ、新鮮な感触の塊だ。

(ドイツ・グラモフォン=ユニバーサル)


12月に発売予定の「音楽の友」別冊、ベートーヴェン生誕250周年記念特集に「ワインガルトナーからネルソンスまで〜交響曲解釈の変遷」という11,000字の原稿を書いた。今年10月は来る日も来る日も、数十種類の「ベートーヴェン交響曲全集」を聴き続けたため、それ以外の新譜の試聴は「超おろそか」になった。アンドリス・ネルソンス指揮ウィーン・フィルの「交響曲全集」(第1ー9番、DG)は「音楽の友」別冊で触れたため本コラムでは同じレーベルのリシエツキのこれまた意外や意外、超傑出したピアノ協奏曲を挙げた。






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