• 池田卓夫 Takuo Ikeda

伊藤達人の題名役支えた強力キャストと緻密な管弦楽の二期会「パルジファル」


京都のホテルで

東京二期会がフランス国立ラン(ライン)歌劇場と共同制作、2020年1月にストラスブールで初演した宮本亞門演出の「パルジファル」(ワーグナー)が2022年7月、東京文化会館で上演された。公演詳細はこちら↓ http://www.nikikai.net/lineup/parsifal2022/index.html


私にとっての7月11ー17日は1803年生まれのオペラの巨人、ワーグナーとヴェルディそれぞれ最後の作品ーー「パルジファル」(1882)「ファルスタッフ」(1893)と、「パルジファル」の影響を受けたドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」(1902)を4日連続(びわ湖ホールの「ファルスタッフ」は両方のキャスト)で鑑賞、その両端に「蝶々夫人」(1904)「ラ・ボエーム」(1896)のプッチーニ2作が置かれた「オペラのゴールデンウィーク」の様相を呈した。わずか22年の間にこれだけの傑作が生まれ、今も世界で上演されているのは素晴らしいことだ。プッチーニ以降の音楽劇はオペレッタを経てミュージカルに向かうか、前衛の作曲技巧を凝らした難解なオペラに進むか…と、かなり異なる展開をみた。逆に20世紀初頭までの定番オペラに描かれたストーリーをそのまま上演しても「現代の観客に巧く伝わらないのではないか」との危惧からなのか、読み替えなどの新しい演出手法が加速度的に増えてきた。


宮本亞門が二期会と外国歌劇場の共同制作の「魔笛」(モーツァルト)、「蝶々夫人」、そして「パルジファル」の演出で一貫して追求しているのは、現代の家庭に起きる何気ない人間関係の軋み、断層から出発して時代を遡り、1人の若者が物語の世界を通じ、人間として成長していくプロセスだ。今回も聖なる愚者=パルジファルの分身である少年、人類の進化の象徴であるゴリラが登場した。ストラスブール初演はコロナ禍寸前、ロシアによるウクライナ侵攻や原油価格高騰に伴う世界規模のインフレ、ましてや日本の元首相殺害といった荒波はまだ、水面下に息を潜めていた。しかしながら先王ティトゥレルがミイラ寸前と化し、息子の現王アムフォルタスが傷に苦しむ宮殿は傷病兵が搬送される病院であり、爆撃で廃墟と化した都市の映像も現れる。近未来に対する芸術家の予知能力をまざまざと見せつけた。あまりに多くの視覚に戸惑いも覚えるが、常に人の心に沁みる優しい眼差しを感じる。一つの筋が通った演出だとして、私は肯定的に評価したい。


ダブルキャストのうち、福井敬のパルジファルは今年3月にびわ湖ホールで聴いたこともあり、今回が二期会でのワーグナー主役デビューとなる伊藤達人の初日(14日)を選んだ。たまたま伊藤の学生時代に地方の仕事で知り合って以来の長い付き合い。新国立劇場の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の急な代役でブレイクしたこともあり、期待した:

https://www.iketakuhonpo.com/post/%E3%82%88%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%8F%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8A%87%E5%A0%B4%E3%81%AE%E3%80%8C%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%80%81%E4%BC%8A%E8%97%A4%E9%81%94%E4%BA%BA%E3%81%8C%E6%9C%80%E5%A4%A7%E3%81%AE%E5%8F%8E%E7%A9%AB


指揮者のセバスティアン・ヴァイグレが「稽古場でマスクを外したら本当に少年みたいな童顔で、そのまま『聖なる愚者』に見えたよ」と漏らした通り、宮本演出の求めるキャラクターに打ってつけの風貌。最初はさすがに緊張していたが、次第にテンションを上げ、美声を朗々と張り上げる。まだ下の音域の支えが足りないものの、パルジファルのロールデビューとしては及第点以上の大成功だ。アムフォルタスの清水勇麿はイタリア留学組でベルカントの素晴らしい声を持ちながらドイツ語の発音も美しく、フレーズの最後まで歌いきる。膨大な歌詞を見事に歌いこなしたグルネマンツの山下浩司、第2幕でパッションを爆発させつつ音色の細やかな歌い分けにも秀でていたクンドリーの橋爪ゆかの2人は当キャストではもはや年長組に入り、強い存在感を示すとともに、アンサンブルの要を担った。ティトゥレルは当初予定の長谷川顕が病気で降板(7月8日に65歳で逝去)、清水宏樹に代わった。長く二期会や新国立劇場のワーグナー上演を担った名歌手の魂が、どこかに籠っている気がした。


日本人歌手のみの引き締まったアンサンブルを、常任指揮者ヴァイグレと読売日本交響楽団の管弦楽は室内歌劇(カンマーオーパー)を思わせる緻密な響きと繊細な音色美で支えた。読響の厳しい感染症対策でピットの人数を絞り、第1ヴァイオリン9人という小編成は東京文化会館大ホールのワーグナー上演として異例だが、物足りなさはなく、管楽器の名人芸を際立たせるメリットもあった。ヴァイグレは「長く『パルジファル』を手がけ、どのようなテンポ(遅くても速くても)をとろうと関係ない〝響きのツボ〟みたいなものが、わかってきた」と話していたが、まさに当意即妙、歌手の放つ「色」と敏感に反応する棒だった。

閲覧数:490回0件のコメント