• 池田卓夫 Takuo Ikeda

仲道郁代も横浜で演奏活動再開、やっと「ワルトシュタイン」が聴けた!


仲道郁代が作曲家の生誕250周年(2020年)から没後200年(2027年)の8シーズンを費やし、横浜みなとみらいホールで演奏する「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲演奏会」(全4期計8回+特別演奏会)の第Ⅰ期第1回《ワルトシュタイン〜希望と夢想》が7月18日、予定通りに開催された。座席に1人おきの間隔を設けるなど感染症対策を施し、仲道としては5か月ぶりの演奏会が実現した。今年5月17日、サントリーホールのリサイタル《音楽における十字架》のメインに据え、3月18日に記者懇親会を設けてまでして熱く語った「ピアノ・ソナタ第21番《ワルトシュタイン》」をついに、聴衆の前で弾く日が訪れた。


みなとみらいで神奈川芸術協会が主催するシリーズは、関連作曲家を組み合わせるサントリーと異なり、ベートーヴェンのみに集中する。初回は前半に《ワルトシュタイン》と第30番、後半に第5、25、23番《熱情》とソナタ5曲を並べ、分析的な楽曲解説ではなく、自粛期間中に究めた「音と言葉の関係」から得た感触を語りながら進めた。ピアノはヤマハ。


仲道は3月のイベントで、《ワルトシュタイン》について、こう語っていた:

「《ワルトシュタイン》は同音反復と変化が基本です。同音は粛々と進む日常生活の象徴、上から下と下から上の垂直な音型は私生活の波乱といえます。作曲は1803年。いよいよ難聴が顕在化して絶望、『ハイリゲンシュタットの遺書』を書いた翌年です。それでもベートーヴェンは立ち直り、傑作群を精力的に生み出していきます。《ワルトシュタイン》の縦線と横線はまさに、それぞれの人が背負わなければならない十字架の象徴です。第2楽章はロンド。最初の自筆譜は長いのですが、現行版は第3楽章への導入でしかありません。ベートーヴェンが解決せず延々と進むように書いたのは神と人間のなかなか折り合わない世界の反映であり、改訂では、両者がついに合致して、前へ前へと進んでいくといった意味がこめられているのだと確信します」


当時は5月のリサイタルまで中止になるとは予想せず、懇親会を開いたはずだ。政府の緊急事態宣言で演奏会も6月半ばまで〝休眠〟となり、約30年のキャリアで初めて、5か月間もの沈思黙考を余儀なくされた仲道は「困難に立ち向かいながら、前へ前へと進んだ作曲家」の凄さを、改めて思い知ったはずだ。今日、私が聴いたのは強い意思の音楽だった。第30番の第1楽章冒頭と第5番の最終楽章をシンメトリー(対称形)のように置く。「交響曲第5番」「ピアノ協奏曲第3番」などと同じ〝運命の調性〟のハ短調で書かれた第5番、その第3楽章に現れる「運命の動機」の原型を紹介する…と、仲道はベートーヴェンの生涯に一貫する有機的な作曲のプロセスを丁寧に解き明かした。最後の《熱情》は第3楽章の巨大なクライマックスまで、早めのテンポで一気に走ったが、細かい部分の掘り下げも忘れていない。2000年代以降、作曲家の諸井誠や音楽学者の平野昭らの協力を得て息長く続けてきたベートーヴェン探究の成果は一段と激しく、魂の奥底へと向かいつつある。


ソニーミュージックエンタテインメントでは旧BMGジャパン、旧BMGファンハウスが2003ー2006年に制作したソナタ全32曲ほか独奏曲と5曲の協奏曲(管弦楽はパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン)のすべてを17枚組のディスクに収め、諸井や平野が執筆した解説はじめ184ページのブックレットを添付した「仲道郁代ベートーヴェン集成」をこのほど完全限定生産で再発売した。とり急ぎ32曲のソナタを聴き終えて演奏会に臨み、仲道にも終演後そのことを話すと、「だいぶ違うでしょ?」と現在の進境へのひそかな自負を垣間みせた。確かに過去数年、仲道のピアノからは無駄というか、きれい事の部分が厳しく削ぎ落とされ、なりふり構わず楽曲の核心に突き進む姿勢が顕著となり、奏法も大きく変わってきたように思う。前も書いたが、エリー・ナイやアニー・フィッシャー、ジーナ・バッカウアーら「苦味走ったおばさま」系ピアニストを彷彿とさせる。


「久しぶりにお客様に囲まれて弾くことができ、改めて、舞台は神聖な場所だと思いました」「今日は忘れられない日になります」と感謝し、仲道はアンコールに進んだ。「30年以上、エルガーの《愛の挨拶》をお約束のアンコールとしてきましたが、今の私はまだ、それを弾く気になれません」といい、ブラームスの「間奏曲作品112」の第2番を静かに、心をこめて弾いた。気持ちはしっかり、伝わったと思う。良い時間だった。



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