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  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

井上雅人→リキ・フィル、現場復帰の日


なかなかないハシゴの組み合わせ

先週の水曜日から金曜日(2019年6月26〜28日)、身内の入院や手術、体調ウォッチなどの緊急事態が重なり、すべての演奏会や取材の予定をキャンセルした。「人生100年時代」とはいえ、80歳代後半になってなお完全な体調を維持するのは困難で、自分の先行きも思いやられる。土曜29日は家族が戻ってきたので、4日ぶりに演奏会のハシゴに出かけた。


先ずは義父の入院先から近い五反田の品川区立五反田文化センター音楽ホールでバリトン歌手、井上雅人40歳の誕生日当日のリサイタル。前半はドイツと北欧の歌曲、後半はオペラの重唱とアリアでところどころ、ゲストの演奏がはさまる。つい1週間前に溶連菌感染で摂氏38度台の熱を出し、声が全く出ない状態からコンディションを立て直したので、最高音を張る(アクート)部分に多少の無理があったが、基本的には深々とした美声の持ち主。ライフワークとする北欧歌曲(今回はグリーグの歌曲集「心のメロディ」全4曲〜有名な「君を愛す」は第3曲)では確かな解釈を示した。オペラの重唱では故郷山形県の後輩に当たる若手歌手3人とのベルカント物を経て二期会のスターテノール、城宏憲との「カルメン」のデュエットで盛り上げ、最後はソロで「仮面舞踏会」のレナートのアリアで決めた。


ゲストの路上ライブのシンガーソングライター、阿部浩二はマイクなしで十分に届く美声の持ち主。ピアノの渡邊智道もシューベルトの「即興曲D899」第3番でソロを披露した。アンコールでは井上と最も共演回数の多いピアニスト、小瀧俊治に替わり、日本歌曲の「初恋」を演奏した。リサイタルというと「日頃の研鑽の成果を問う真剣勝負の独り舞台」系の仕立てが多いなか、あえて自身の誕生日に「仲間たち」を交えた楽しい企画をぶつける井上の価値観、センス、プロデュースの嗜好などがあれこれ垣間みえて、楽しい2時間だった。


夜は私の生まれ育った場所にほど近い荻窪の杉並公会堂へ、アマチュアのリキ・フィルハーモニッシェス・オーケストラ第8回定期演奏会を聴きに行った。桐朋学園出身の指揮者、長野力哉がブルックナーの交響曲全曲の連続演奏に挑むために組織したチームで、ほぼ番号順に取り組んできたから、8回目の今回は「交響曲第8番」(ハース版)。かつてシャルク版の「第5番」を聴いたときにも思ったが、メンバー全員がブルックナーへの深い愛情を持ち、抒情的で美しい響きを奏でる。変化球は組み合わせる作品で、今回は名ピアニストでもあったオイゲン・ダルベールのオペラ「低地」の「交響的前奏曲」。ブルックナーと同時代のロマンティックな感情を共有する佳曲だ。アンコールのJ・シュトラウスのワルツ「美しき青きドナウ」に至るまで同じ時代を生きた作曲家たちの「終わりそうで終わらないコーダ(終結部)」の作品を徹底して並べた、考えようによってはかなりマニアック(変態?)なテイストが面白い。長野は「今までの中で8番が一番むずかしかった」と終演後の楽屋で漏らしたが、ふだんインテンポでじっくり掘り下げる行き方の彼が第4楽章でみせたテンポの大きな追い込みには、来るべき「第9番」への期待を十分に抱かせる何かがあった。


最後は子どものころの地元、阿佐ヶ谷で小中学の後輩2人(といっても29歳も年下だ!)が営む「酒場むゆう」で超美味の日本酒と料理を堪能、少しだけ自分へのご褒美。

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