東京都交響楽団の第927回定期演奏会Cシリーズを2021年5月18日、東京芸術劇場コンサートホールで聴いた。「C」は午後2時開演のシリーズ。指揮=井上道義、ヴァイオリン独奏=辻彩奈、オルガン独奏=石丸由佳、コンサートマスター=矢部達哉のセットでフランス近代音楽を特集した。冒頭にサティの「バレエ音楽《パラード》」を置いた他は「ヴァイオリン協奏曲第3番」「交響曲第3番《オルガン付》」とサン=サーンスの「3番」2曲を並べた。今日の都響はチェロの伊東裕(葵トリオ)、フルートの田中玲奈(大阪フィルハーモニー交響楽団首席)と日本音楽コンクール第1位受賞のゲストが2人もいて、びっくりした。
サティでは「拍手(クラップ)」「タイプライター」「ピストル」「ブティヨフォン(音程のあるボトル)」「フラックソノール(水をはじく音)」など特殊な打楽器を2人の奏者が井上の〝演技指導〟?も受けて、熱演する。ブティヨフォンは2014年2月21ー23日の兵庫藝術文化センター管弦楽団第67回定期演奏会を井上が指揮した際に製作したものを今回、都響が借用した。黄色いラベルは明らかにシャンパーニュ「ウーヴ・クリコ」。リッチな雰囲気を振りまく。指揮と並行してバレエも本格的に学んだマエストロの身のこなし自体がストーリーを雄弁に語り、音楽を弾ませていく。午後の演奏会の幕開けを、鮮やかに決めた。
「極度のアガリ症」という辻のソロは、いつも滑り出しがやや不安定で心配させるが、次第にテンションを上げ、独自の憑依世界に到着するまでの時間は日増しに短くなっていいる。「チャイコフスキーの協奏曲とは違う世界を描きたかった」とする井上の美意識にも繊細に共鳴し、強い情念を感じさせつつ、決して品格を失わない。管弦楽のフレージングも動物的な弾力と伸縮をみせ、「伴奏」にとどまる瞬間は皆無だった。辻は協奏曲を弾く際「自分自身のアンコールを用意したい」との思いから、権代敦彦に新作を委嘱した。権代は「ポスト・フェストゥム(宴の後)」の小品3部作を書き、辻は曲想に応じ、うち1曲を弾く。今日は第2曲。休憩中のロビーで権代に声をかけると「辻さんのリクエストに応え、少し短くしました」と明かしたので、今回は「改訂版世界初演」のアンコール。辻の鋭い感性と技巧の持ち味を最小単位で最大限に引き出す素晴らしい作品で、どんどん演奏されていくはずだ。
「交響曲第3番」においても、井上は品性確かな音楽を聴かせた。終演後、矢部に声をかけ確かめると、永久名誉指揮者の故ジャン・フルネ指揮で同曲を演奏した経験のある楽員はもう「全体の3分の1もいないでしょう」とのこと。それでもフルネの薫陶を受けた矢部のリードの下、「都響の〝ガン付き〟(最近の若い人は《オルガン付》をこう省略するそうです)」の系譜と井上のアイデアが美しく結合した名演奏が生まれた。
フルートの田中、オーボエの広田智之、クラリネットのサトーミチヨ、ファゴットの岡本正之ら木管首席のソロも絶妙だった。「多芸多才で器用な作曲家だし、この曲もスペクタクルに演奏されがちだけど、サン=サーンスが生涯を教会で送った人間であることを忘れてはいけないよ。僕は今日、祈りをこめて指揮しました」。井上は楽屋で、解釈の基本を明かした。石丸のオルガンは昨年の沼尻竜典指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の同曲でも聴いたが、今日は井上独特のグルーヴ感(ノリ)に乗り、より一体感のある演奏だった。それにしてもマエストロ、75歳になるとは思えない元気さだ。クライマックスで右手の大きな円を何度も描いたのをはじめボディランゲージで曲想を克明に伝え、拍手に応えては指揮台で2回転する…いつにも増して、絶好調だった。指揮者、独奏者、作曲者のすべてが定型に安住するのを良しとせず、チャンレンジャーに徹した稀有の名曲コンサートだった気がする。
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