• 池田卓夫 Takuo Ikeda

世にも恐ろしいチャイコフスキー第4番井上道義&N響の白熱の先に見えたもの


NHK交響楽団2020年12月演奏会のサントリーホール公演2日目を17日に聴いた。指揮は東京芸術劇場公演の秋山和慶と同じく、桐朋学園で斎藤秀雄に師事した井上道義で、同月5&6日のNHKホール公演も担当した。今回はロシア音楽プログラムで、前半にプロコフィエフの「バレエ音楽《シンデレラ》」抜粋、後半にチャイコフスキーの「交響曲第4番」で、コンサートマスターは篠崎史紀。井上はバレエも専門に学んだ上、ヨーロッパ時代の恩師であるセルジュ・チェリビダッケも(最晩年の姿からは想像がつかないだろうが)壮年期はダンサーのような指揮ぶりだった。しかし《シンデレラ》では、あえて激しい動きを抑え、プロコフィエフの作曲の妙や才気を丁寧に解き明かし、《ロメオとジュリエット》に比べ地味な位置に甘んじている作品自体にすべてを語らせた。第1ヴァイオリン12人の最後の(第6)プルトに座る若い男女2人の楽員がソロを務める箇所も意表をつくが、演奏終了後、井上は原作に忠実?なガラスの靴を携えて現れ、その女性奏者にプレゼントした。テレビカメラが入った初日にはなかったサプライズで、「マエストロが今朝、突然ひらめかれたそうです」とは、N響側の説明だ。


チャイコフスキーの「第4」ではますます、チェリビダッケの世界に接近した。タメをたっぷりとり、遅く、重い足取りで進む第1楽章には、すでに「交響曲第6番《悲愴》」のチャイコフスキーの結末ーー「死」あるいは「遺書」の世界がはっきりと現れる。普段はロシア民謡の温かな情感に包まれる第2楽章は、メランコリー(憂愁)を通り越した絶望に支配される。第3楽章のピチカートに右肩上がりの生気はなく、ICU(集中治療室)の枕元に置かれた心拍計の冷酷なピッチを連想させる。そして、第4楽章。N響の全力投球で演奏が盛り上がれば盛り上がるほど、死臭のようなものが漂う。クライマックスの乱痴気騒ぎには、負け戦だとわかっていたにもかかわらず「一億玉砕」へと突き進む往年の某国軍を思わせる何かすら感じてしまい、背筋が寒くなった。あるいは私が、徹底的に誤解しているのか?


木管、金管のソロとも非常に巧く、カーテンコールで井上が「N響最高。クオリティ、ヒストリー…。そしてお客様!」と客席に向かって叫んだ通りの名演には違いないが、圧倒的な感動の背後に何か、「聴いてはいけないものを聴いてしまった」的な感触を覚えたのも事実なのだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の禍とともに暮れざるを得ない2020年の世界の人々の複雑な気分を代弁しているようにも、74歳になった井上の死生観を映しているようにも思えて、世にも恐ろしい演奏会だった。

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