中京圏のアマチュアオーケストラのメンバーが三澤洋史を音楽監督に据えて大合同、2016〜19年に年1作ずつワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環(リング)」4部作を上演するために組織した愛知祝祭管弦楽団が2019年8月18日、愛知芸術劇場コンサートホールの「神々の黄昏」でリングのミッションを完結させた。世界でも例のない快挙だろう。
昨年の「ジークフリート」だけは同ホールが改修中で、デッドな響きの御園座に会場を移したが、それもまた「普段とは違う体験」の記憶として、今では懐かしく思われる。とにかく新国立劇場などを中心に合唱指揮者の活動が目立ちがちな才人、三澤がバイロイト音楽祭で修業を積んだ筋金入りのワグネリアン、「リング」を子どものために編み直した「ジークフリートの冒険」の作曲者でもある実態をまざまざと見せつけ、驚異の統率力で完走した。基本はインテンポ(テンポを動かさない)。オーケストラ側の「一切の恣意的表現を混ぜ込みたくない」(佐藤悦雄団長)との思いとも合致して、一切の弛緩がない颯爽とした運びの上にライトモティーフ(示導動機)をはじめとするワーグナー特有の音型の数々がくっきり、明瞭に浮かび上がる。管はさすがに完璧とはいかないまでも大健闘、弦の厚く美しく透明な響きが膨大な練習時間の成果を裏付ける。
愛知祝祭合唱団も三澤の指導の下、パワーだけでなく、ドイツ語の歌詞を適確な演技とともに、明瞭に伝える水準まで達していて、見事だった。演出構成の佐藤美晴は限られたスペースを逆手にとり、人間関係のドロドロを集中度の高い空間で鮮やかに図式化。最小限の照明でありながら、コンサートホールに劇場の感触を確かに持ち込んだ。
ブリュンヒルデの基村昌代(ソプラノ)、ジークフリートの大久保亮(テノール)とも愛知県立芸術大学大学院の出身で名古屋を中心に活動する新進。基村は豊麗な美声の持ち主でドラマティックな迫力にも事欠かない半面、ドイツ語のディクションが不明瞭で、何を歌っているのか、歌詞をほとんど聴き取れないのには参った。今後、「歌う」よりも「語る」発声に磨きをかければ、素晴らしいワーグナーソプラノとして、より大きな舞台に進出することも可能な逸材だけに、頑張って欲しい。大久保はまだ若さのたっぷり残る美声で、リートのように折り目正しいアプローチ、清潔な発音でジークフリートを丁寧に造形した。さすがにペース配分に腐心、ところどころ「あれっ?」を思う箇所もあったが、最近は世界の歌劇場でもヘルデンテノール(英雄的役柄の強靭なテノール)の傾向が変わり、大久保のようにリリックな声の持ち主〜クラウス・フローリアン・フォークトやアンドレアス・シャーガー〜もジークフリートに進出している。出発点としては、かなり良いラインをキープした。2人の周囲を固めたアルベリヒの大森いちえい、グンターの初鹿野剛、ハーゲンの成田眞の低声3人の安定感も、公演の成功に貢献するところが大きかった。
ともあれ、リング完結に「おめでとう!」を捧げたい。来年(2020年)の三澤&愛知祝祭管弦楽団は9月5日に「ラインの黄金」「ワルキューレ」、6日に「ジークフリート」「神々の黄昏」のハイライトを愛知県芸術劇場コンサートホールで上演。「2日間で描ききる指環のドラマ」と、これまた大胆なラリーに挑む。大久保、基村、成田らも引き続き出演、名古屋に1泊するだけで、リング4作の濃縮ダイジェストを体験できるのだから、ありがたい。
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