• 池田卓夫 Takuo Ikeda

三浦一馬・フェランデス&コジュヒン・ディドナート&ネゼ=セガン

クラシックディスク・今月の3点(2021年4月)


「ブエノスアイレス午前零時」三浦一馬presents東京グランド・ソロイスツ

2021年はアストル・ピアソラ(1921ー1992)の生誕100年。ブエノスアイレスに生まれ、ニューヨークで育ち、パリでブーランジェらに師事した作曲家&バンドネオン奏者の楽曲はタンゴ、ジャズ、クラシックの要素を併せ持つ独自の世界を開拓した。ちょうどガーシュインが「ジャズでもクラシックでもない、ガーシュインという1人の天才の音楽」(ジャズピアニストの穐吉敏子がかつて、私とのインタビューで語った言葉)であるように、ピアソラもジャンルフリーの極めて独創的な音楽といえる。ヴァイオリンのギドン・クレーメルやチェロのヨー・ヨー・マらが1980年代後半に積極的に手がけて以来、クラシック奏者のレパートリーにも定着している。


三浦はアルゼンチンで修業した本格派のバンドネオンの名手だが(良い意味で)草食系、クラシック奏者とのアンサンブルでも隙なく、絶妙のアンサンブルを繰り広げる。主に自身で編曲したスコアを携え、石田泰尚、廣岡克隆(以上ヴァイオリン)、宮田大、辻本玲(以上チェロ)、黒木岩寿(コントラバス)、山田武彦(ピアノ)らトップクラスの名手を集めたピアソラ演奏の室内オーケストラ「東京グランド・ソロイスツ」を組織、熱気と洗練を兼ね備えたツアーを重ねてきた。今回のアルバムは2018年、2020年に東京・晴海の第一生命ホールで行った公演のライヴ録音から13曲を収めた。私は2021年2月3日、三浦と宮田が行ったデュオ・コンサートを東京文化会館小ホールで聴き、三浦の大きな成長ぶりに瞠目した。

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伸び盛りの演奏家たちによる格調高く音楽性豊か、グルーヴ感もばっちりのアルバムだ。

(キングレコード)


「リフレクションズ」プレイズ・ラフマニノフ・ファリャ・グラナドス

パブロ・フェランデス(チェロ)、デニス・コジュヒン(ピアノ)

1991年スペイン生まれのチェロ奏者、フェランデスのソニー・デビュー盤。20世紀チェロ演奏の始祖、パブロ・カザルスの演奏を聴いてチェロ奏者になった父親からパブロの名を授かった。マドリードのソフィア王妃音楽院ではムスティスラフ・ロストロポーヴィチ門下のロシア人女性奏者ナターリャ・シャホスカヤに師事、在学中に5歳年長のロシア人留学生ピアニスト、コジュヒンと知り合った。


アルバムはラフマニノフの大作「チェロ・ソナタ」を中央に置き、ラフマニノフ歌曲の編曲(「ヴォカリーズ」の編曲者はパリ在住の日本人作曲家、横山真一郎)、スペインの小品を散りばめ、カザルスが編曲したカタルーニャ民謡「鳥の歌」で終わる。スペイン人のアイデンティティーと強い影響を受けたロシアの音楽の結合は予想以上に美しく、深く心に響く。


何も肩ひじ張ることなく、気心知れた青年音楽家2人がごくごく自然体のデュオに興じる。録音がコロナ禍の最中、2020年8月24ー28日のベルリン・テルデックス・スタジオで行われた事実を思い起こすとき、フェランデスとコジュヒンがひたすら音楽の力を信じ、純粋な音の空間に身を置きながら、世界に何を訴えようとしていたのかも、自ずと理解できよう。

(ソニーミュージック)


シューベルト「連作歌曲集《冬の旅》」

ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ)、ヤニック・ネゼ=セガン(ピアノ)

ディドナートはバロック・オペラやロッシーニなどベルカント・オペラの圧倒的クイーンでありながら、ジャズやミュージカルのナンバーも洒脱にこなす。「MET(メトロポリタン歌劇場)ライブ・ビューイング」では幕間のインタビュアーとして、機知に富む会話を繰り広げる。その稀有なタレントにして、METとフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を兼ねる指揮者でピアノの名手ネゼ=セガンから「一緒に《冬の旅》を演奏しない?」と誘われた時はしばらく、答えを見出せなかったという。


「キミはこの世界に入り込み、しばらくの間そこで生きるよう、深く呼ばれているんだ」。ヤニックの強い確信に応え、ディドナートが捻り出した解釈の〝ウルトラC〟は、自身が演じたオペラのヒロインから、ミュラー(作詞)=シューベルトに接近する手法だった。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」を原作とするマスネ作曲のフランスオペラ「ウェルテル」の人妻、シャルロッテがウエルテルが自ら命を絶った後、彼が書き残した絶望の旅路の記録を読みたどるというのが、ディドナートの編み出した解決策だった。


世界がコロナ禍で機能不全に陥る少し前の2019年12月15日、ニューヨークのカーネギーホール「スターン・オーディトリアム/パールマン・ステージ」(小ホール)で行われた演奏会のライヴ録音(当CD)は素晴らしい仕上がりだ。ディドナートは稀にみる美声を表面上のコスメティック(化粧)のみに生かすことをよしとせず、シャルロッテの胸中に去来する様々な記憶や感情のアヤを余すところなく描くツールとして、生々しく使い尽くす。発案者ヤニックとの意思疎通も万全で、「指揮者のピアノ」のドラマティックな良さを存分に発揮する。現代のマンハッタンから19世紀初頭のウィーンに飛ぶ、ロケットのような名演だ。

(ワーナーミュージック)

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