• 池田卓夫 Takuo Ikeda

ヴァイグレの読響常任就任披露、新鮮な感覚と懐かしい感触同居のブルックナー


終演後のホール内懇親会で

旧東ドイツ出身、シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)首席ホルン奏者から指揮に転じたセバスティアン・ヴァイグレ(1961年ベルリン生まれ)が読売日本交響楽団の第10代常任指揮者に就任した。披露を兼ねた2019年5月14日、サントリーホールの第588回定期演奏会ではソリストを交えずにヘンツェの「7つのボレロ」(1998)、ブルックナーの「交響曲第9番」(1887〜96)と、およそ1世紀を隔てて誕生したドイツ=オーストリア音楽2曲で渾身の名演を達成した。


ヴァイグレは2004〜2009年にカタルーニャのバルセロナ、リセウ歌劇場の音楽総監督(GMD)を務め、2008年以降はフランクフルト・アム・マイン市立劇場オペラGMDとして高い評価を得ている。「自分の基本はオペラ指揮者。すでに長く働いてきたので、読響就任を機にシンフォニーのレパートリーを充実させていきたい」。本人の言葉通り、ヘンツェがオペラ「ヴィーナスとアドニス」(1993〜95)を下敷きに「スペイン的なるもの」をイメージ、ゲルト・アルブレヒト指揮読響のために書いた「7つのボレロ」ではオーケストラをダイナミックに鳴らしながら、管楽器や打楽器のソロをあたかもオペラ歌手のアリアや重唱のように歌わせ、際立たせていく。「ヘンツェとは面識があったし、そのオペラも指揮してきた。さらにリセウで振っていた時代を通じ、スペインには親近感もあるので、ブルックナーと組み合わせるには面白い作品だと思った」という。


ブルックナーで感じたのは、前任者のフランス人シルヴァン・カンブルランとの9シーズンの共同作業を通じ磨き抜いたオーケストラの力量、強いサウンドの個性を生かしたうえで、ヴァイグレの背負って立つ文化圏の音色や語法を付加していたこと。流行のスポーティーなブルックナーではなく、低弦の分厚い支えの上にヴァイオリン群の旋律、管楽器の色彩を重ねていく。フランス風の浮遊する響きではなく、地底から湧き出るタイプのドイツ音楽特有の原初的響き(ウラクラング)を久々に体感した。ヴァイグレ自身が極めて優秀なホルン奏者だったこともあり、日本人奏者で固めた金管楽器群が誰ひとりとして力任せの汚い強奏に至らず、ふくよかにブレンドされた音色で統一されていたのには驚いた。ヘンツェ同様、ブルックナーにおいても稀有なほど、管楽器のソロをオペラ歌手のように際立たせていた。


第1楽章の出だしこそ指揮者、オーケストラ双方が極度の緊張状態にあり音が硬かったが、すぐに溶け合い、楽譜に記された1つ1つの音、フレーズ、アーティキュレーション、リズムなどを細大漏らさずに再現、普段なかなか聴こえない声部、装飾音なども克明に届く。楽想と楽想の間には、たっぷりとしたルフトパウゼ(無音休止)を置き、必要に応じて大胆なアゴーギク(速度法)やアッチェルランド(加速)も施す。瞑想に沈潜したのちにあらわれるメタフィジカル(形而上的)な響きの広がりは、ドイツ人が音楽に対して抱く信仰のようなものと一体に思えた。しかも最新性能のオーケストラを駆使し、新鮮な感覚も漂わせる。


「どこかで聴いた、懐かしいドイツ音楽の響きだ」と記憶をたぐるうち、現在のダニエル・バレンボイムではなく、旧東ドイツ時代最後のGMDだったオーストリア人マエストロでNHK交響楽団名誉指揮者(当時)オトマール・スウィトナーとシュターツカペレ、あるいはN響との演奏で聴いたブルックナーやベートーヴェン、モーツァルトの交響曲に行き着いた。終演後、ヴァイグレに「Von Ihrem Klang erinnere ich mich am Mestro Otmar Suitner(あなたのサウンドから、私はスウィトナーに思いを馳せた)」と感想を述べると、「Danke! Es freut mich sehr, weil ich mit ihm meine Karriere angefangen habe(ありがとう!私のキャリアはスウィトナーとともに始まったので、とてもうれしい)」と満面の笑みを浮かべた。スウィトナーに見出され、シュターツカペレの首席ホルン奏者に就いたとき、ヴァイグレは21歳だった。日本での指揮者デビューは1997年のシュターツオーパー日本公演の「魔笛」(モーツァルト)。バレンボイムが振った残りの2公演を任され、ペーター・シュライヤーが「最後のタミーノ」を歌ったときで、私は主催新聞社の文化部編集委員として、「期待の若手指揮者」をプロモートする原稿を書いた覚えがある。


私がN響の定期会員だった大学生時代に聴いたスウィトナーの演奏はシュターツカペレとの来日公演も含め、今ひとつピンと来なかった。東西統一前後にドイツ暮らしを経験、還暦に至ったいま録音を聴き返したり、ヴァイグレが継承した「何か」に思案をめぐらせたりするとき、スウィトナーの音楽づくりもまた、偉大なオペラのカペルマイスター(楽長)の系譜に属するもので、歌への志向や大胆な即興は劇場仕込みだったのだと、ようやく理解する。今は亡き名指揮者への罪滅ぼし?も併せて、ヴァイグレと読響の今後を見守っていきたい。



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