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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ヴァイグレ「色」に染まりつつある読響、消えゆく者たちの儚い夢を奏でる


常任指揮者に就任してから、わずか4か月。セバスティアン・ヴァイグレは早くも読売日本交響楽団(読響)の音色を新しい世代のドイツ人の感覚で染め替えつつある。2019年9月10日、サントリーホールの読響第591回定期演奏会はプフィッツナーが19歳で書きながら出版の機会を逸し、死後28年を経た1977年に初演された「チェロ協奏曲イ短調(遺作)」とブラームスに酷評されて精神に変調をきたし、25歳で亡くなったロットの「交響曲ホ長調」。奇しくも「2人のハンス」が19世紀後半に遺した稀少な作品2曲で、目覚ましい成果を上げた。ともに実演では初めて聴く作品だったが、両曲のCDをすでに完成しているヴァイグレは作品を深いところまで把握、特定の時代の価値観で不当に貶められ、消えていった楽曲に託した作曲家たちの儚い夢を最高の美しさとともに再現してみせた。


チェロ独奏は1969年ベルリン生まれのアルバン・ゲルハルト。スリムでラフな出で立ちからして権威主義とは無縁、オープンな演奏姿勢と音楽性の持ち主らしく、アンコールのJ・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲第6番」のプレリュードがあたかもジャズの即興か、シンガーソングライターの鼻歌のようにしなやか、自然に奏でられたのも当然と思えた。経歴に「2012年には、ドイツ鉄道(DB)とのコラボレーションとして主要駅でライヴを行い、話題を呼んだ」とあるのも発見して、妙に納得。ヴァイグレ指揮ベルリン放送交響楽団とプフィッツナー「チェロ協奏曲集」(第1&2番と、この遺作など)を2014年に「ハイペリオン」からリリース、指揮者ともども楽曲を手中に収めている。後年のコワモテ系の作風ではなく、19世紀後半若者のロマンティックな心情がそのまま反映されたような作品。伴奏にトロンボーンを3本使うなどの新機軸が、ブラームスを崇拝する作曲担当の教授から「ワーグナー的」だと批判されるなどで演奏機会を逸したらしい。ゲルハルトは持ち前の柔軟なアプローチで、若書きの魅力を存分に引き出した。


ロットの交響曲は今年すでに川瀬賢太郎指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団が定期演奏会にかけ、首都圏では時ならないブームを呈している。ヤルヴィがhr(ヘッセン放送協会)交響楽団(日本独自の名称は「フランクフルト放送交響楽団」)と録音したCD(ソニー)の国内盤が発売されたときにインタビュー、「いかに埋もれさせておくのが惜しい作品か! マーラーやブルックナーをより理解するにも、欠かせない作品だ」とパーヴォが力説していたのを覚えている。なるほど冒頭の金管は、マーラーが「交響曲第1番(巨人)」に組み入れたり外したりした「花の章」に酷似しているし、第3楽章「快活にいきいきと」はますます「巨人」に接近する。


だが私の感覚は時どき不思議な方向に旋回するが第1楽章の主題を聴いた瞬間、エリア・カザン監督がジェームズ・ディーン主演で制作した1955年の米国映画「エデンの東」(ワーナー・ブラザーズ)のテーマ音楽(レナード・ローゼンマン作曲、ヴィクター・ヤング楽団演奏)に「そっくりだ」と思った。サウンドトラックのYouTubeを貼り付けるので、「嘘だ」と思う方は約43秒で現れるメロディーをぜひ、お聴きあれ!

交響曲の75年後に書かれた映画音楽だが、主演のディーンは映画完成から程なくして自動車事故のために24歳で急死、私はそこに、25歳で亡くなったロットの姿を重ねていた。


ヴァイグレの指揮は非常に積極的かつダイナミック。読響楽員も全身弾きで、マエストロの情熱に応える。自身が優れたホルン奏者(ベルリン国立歌劇場首席)だった経験を生かし、金管に厚みとまろやかなドイツ風の音色を加味する一方、木管のニュアンス豊かなソロを最大限に引き出す。特筆すべきは弦の音色。「古き良き時代」の木質系の響きにモダニストの鋭角なアクセントが組み合わさったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキー、繊細極まりない弱音から華やかな音色が爆発する強音までフランスの感性が行き届いたシルヴァン・カンブルランと前2代の常任指揮者とは異なる「ヴァイグレの音色」を強く感じた。5月の就任披露で指揮したブルックナーの「交響曲第9番」でも片鱗は聴こえたが、ドイツ風でありながら昔の重く暗く、ちょっと野暮な音色とは一線を画し、高級スポーツカーでアウトバーンを疾走しながら、それでいて周囲の美しい田園風景も確実に視野に入っているかのような趣だ。ヴァイグレは旧東ドイツ(東ベルリン)の生まれだが、シュターツカペレの新しい音楽監督(現在は終身音楽監督)ダニエル・バレンボイムの勧めで指揮者に転向したのは旧西ドイツとの統一後、1990年代のことだ。すでに四半世紀以上のキャリアを持っているとはいえ、感覚的にはより若い世代の新鮮さを兼ね備えている。


以前、NHK交響楽団への客演(定期演奏会と「東京・春」音楽祭でのワーグナー楽劇の指揮)で聴いたときの記憶と比べても、読響との方が相性は抜群に良いと思われる。それは固定ポストを伴う長期共同作業の有無による違いなのか、ヴァイグレ自身の急激な円熟によるものなのか、にわかには判定できないが、しばらく聴き続ける楽しみが1つ増えたことだけは、確かである。


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