• 池田卓夫 Takuo Ikeda

ロシア的情感を重視した「オネーギン」新国立劇場でのスタニスラフスキー礼讃


新国立劇場オペラが2019/20年シーズンの幕開けにチャイコフスキーの「エウゲニ・オネーギン」を新制作した。10月1日の初演から数回の上演を鑑賞した人々の多くが否定的な評定を下していたので9日の4回目に恐る恐る、出かけた。どうしてどうして、非常に感銘深い舞台でチャイコフスキーの抒情美やロシア人の屈折したメンタリティー、コンスタンチン・スタニスラフスキー(1863ー1938)が確立したロシア=ソヴィエトの演劇システムの伝統などが一体化、「読み替え」ではなく「正調」で再現される格調に強い印象を受けた。


モスクワでボリショイ劇場とは異なる実験的手法を打ち出すヘリコン・オペラの芸術監督、ドミトリー・ベルトマンの演出は「スタニスラフスキーの偉大なプロダクションを主軸に発展させた」もので、「チャイコフスキーの音楽によって語られる〝ロシア生活の百科事典〟」が歌手を役者として存在させる演劇的な手法を通じ、21世紀の東京に再現される。


スタニスラフスキーが1922年にモスクワの自宅の広間、「オネーギンホール」で上演した際のセットを踏襲した舞台は旧ソ連時代の1975年、若き日のドミトリー・キタエンコの指揮で来日したモスクワのスタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ音楽劇場の上演でも採用されていたので、オールドファンには見覚えがあるものだろう。ベルトマン新演出の美点は「ロシア的世界」を開陳する際の手段として敢えて既視感のある枠組みを設え、衣装や人物の動きには映画、ミュージカルなど後の時代に発達した表現手段も取り入れ、現代の観客をロシアの過去に自然に誘導、再び現代の情感へと還流させていく手腕にある。とりわけ第3幕第1場の宮廷舞踏会での合唱団の黒い衣装、ストップモーションや後ろ向きの姿勢の強調は、ロイド=ウェッバーのミュージカル「オペラ座の怪人」のマスカレード(仮面舞踏会)場面を想起させ、オペラにそれほど親しみのない観客の目にも入りやすいだろう。第1幕第2場のタチアーナの「手紙の場面」で窓が開き風でカーテンが揺れる、第2幕第2場の田舎の舞踏会での大テーブルなどの細部は、ロシア系の「オネーギン」演出で注意深く継承されてきた「型」でもある。


初日から数日の不評の一因はモルドヴァ国立オペラ・バレエ劇場首席指揮者のウクライナ人、アンドリー・ユルケヴィチが指揮する東京フィルハーモニー交響楽団(東京二期会のアンドレア・バッティストーニ指揮「蝶々夫人」と同時進行)の管弦楽にもあったと聞く。私が聴いた日は両者がしっとりと噛み合い、美しく繊細な音楽を奏でていた。今年8月に長野県のセイジ・オザワ・フェスティバル松本で接したロバート・カーセン演出のモダンな舞台でファビオ・ルイージ指揮のサイトウ・キネン・オーケストラが爆発させたパッションの激しさ、豊麗なカンタービレの洪水とは、対極に位置するアプローチだ。私が「オネーギン」を最初に聴いたムスティスラフ・ロストロポーヴィチの指揮、彼の妻であるガリーナ・ヴィシネフスカヤがタチアーナを歌ったボリショイ劇場パリ公演(1970年)のライヴ盤のオーケストラも透明水彩絵具を幾重にも塗り重ねていく音彩のグラデーションであり、油彩絵具を分厚く塗り重ねた音塊ではなかった。最近では「後期三大交響曲(第4−6番《悲愴》)」を一晩で演奏する、ワレリー・ポリャンスキー指揮ロシア国立交響楽団シンフォニック・カペレのつくるチャイコフスキーの音に近い。非常に柔軟、緩急を自在にとるユルケヴィチの棒さばきはそれぞれの登場人物の心理に寄り添い、演劇的効果を高めていた。


歌手ではタチアーナのエフゲニア・ムラーヴェワが最も素晴らしく、美声でキャラクターにも合致する。オネーギンのワシリー・ラデュークはやや一本調子だが、幕切れでの絶唱が凄まじかった。グレーミン公爵のアレクセイ・ティホミーロフの深いバスの声もいい。トリケの升島唯博は、かなりコミカルにデフォルメした演出を見事に自身の表現に取り込み、ドイツのオペレッタ劇場で鍛えた演技力を遺憾なく発揮した。問題は若い方のカップル、オリガとレンスキーだ。レンスキーのパーヴェル・コルガーティンはロシア人テノールというだけでそこに立っていたが、伸びきらない声、学生並みに稚拙な歌唱で興を削ぎ、松本で聴いたイタリア人パオロ・ファナーレの名唱をひたすら思い出していた。オリガの鳥木弥生は不似合いなカツラからして気の毒ながら、声楽的にベストコンディションとはいえず、ラーリナの森山京子、フィリッピエヴナの竹本節子という藤原歌劇団、二期会それぞれの先輩メゾソプラノ(ともに立派だった!)と比べ音量でも後塵を拝していたのは残念だった。新国立劇場合唱団は音楽面はもちろん、演出家の求める細かな動きにも適確に対応し、立派だった。


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