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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

レヴィット、佐藤祐介、平澤真希の鍵盤

更新日:2019年5月13日

クラシックディスク・今月の3点(2018年12月)



1)「ライフ」

イゴール・レヴィット(ピアノ)


ロシア出身、ドイツ育ちのレヴィットのソニー第4作。J・S・バッハ「ゴルトベルク変奏曲」とベートーヴェン「ディアベッリのワルツ主題による33の変奏曲、ジェフスキ「《不屈の民》変奏曲」の「3大(!)変奏曲」を組み合わせた第3作は国際的に高い評価を受け、同プログラムでザルツブルク音楽祭へ進出、来年(2019年)には東京文化会館小ホールの「東京・春・音楽祭」主催公演でも4月11日にバッハ、13日にベートーヴェン&ジェフスキで同じプログラムを披露する。2017年9月に指揮者キリル・ペトレンコの初来日に同行し、都民劇場主催のバイエルン州立管弦楽団演奏会でラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」を独奏、ピアニストも指揮者も異常なまでの探求と入念なリハーサルの果て、今まで聴いたことのない高密度の再現を達成した。アンコールはワーグナー〜リスト編曲の「イゾルデ愛の死」。これまた尋常ならざる彫り込みと静けさを湛え、エロス&タナトスの深淵を垣間見せる究極の演奏だった。「レコード芸術」誌2018年7月号が「世界のピアニストランキング2018」を特集した際、私は迷わず「現代の名ピアニスト」5人の項目でレヴィットの名をアルゲリッチ、アンスネスらとともに挙げた。



「ライフ」はCD2枚組、曲目は挿入した画像を参照してほしい。「収められている作品はどれも、重ね書きと書き直しと鏡の反作用によってシンボリックなエネルギーをどんどん増大させていく、そういう作品である」と、解説書の筆者(アンゼルム・ツィビンスキ)は指摘する。レヴィットは永遠と来世に強くこだわったプログラムを「ある友人の死に強い衝撃を受け、理解できないだけでなく胸が張り裂けそうになるその喪失の体験について深く思いを巡らせた」という。大バッハが最初の妻マリア・バルバラへのラメント(哀悼曲)として作曲したとの説が年々有力になってきた「シャコンヌ」(「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」第2番の最終楽章。レヴィットはブラームスによる左手用編曲を選択)を起点にシューマンが正気を失う直前に遺した「天使の主題による変奏曲」、ワーグナー〜リストの「《パルジファル》の《聖杯への厳かな行進曲》」「イゾルデ愛の死」、リストの「コラール」、ブゾーニの「子守唄」などを経てビル・エヴァンズの「ピース・ピース」で結ぶ。


演奏はニュアンスに満ちた弱音から中音域にかけての語りを基調とし、どうしても必要な瞬間だけ、当代屈指のヴィルトゥオーゾ(名手)にふさわしい強靭で輝かしい打鍵を行使する。鑑賞のポイントは最初受け身に徹し、何も語らずに2枚を通して聴くことだ。真に鍵盤芸術=クラフィーアクンストの名に値する演奏を繰り広げる、選ばれたアーティストの心からの「発言」に、ひとつの大きな世界を感じるに違いない。間違いなく、唯一無二の体験。(ソニー)


2)ドゥセク「祈り」〜「ピアノ・ソナタ第29番」「グランド・ソナタ〜ピアノのための《祈り》(ソナタ第28番)」「12の段階的レッスン〜第2&6番」

佐藤祐介(ピアノ)


数多くの委嘱新作を世界初演、同時代音楽のスペシャリストと思われがちな佐藤祐介。昨年リリースしたディスクでは「カノン」だけが知られるパッヒェルベル最晩年の隠れた鍵盤大作に光を当てるなど、実際は、オリジナルがチェンバロ向けに書かれた18世紀の作品にも深い関心を寄せる。数年前には草津国際夏季音楽セミナー&音楽祭でイタリアのチェンバロ&オルガン奏者で指揮者、クラウディオ・ブリツィの指導を受けた。今年(2018年)12月のリサイタルでは、18世紀の鍵盤音楽をモダン(現代)ピアノで再現する際のアーティキュレーション、フレージング、ペダリング(基本ノーペダル)などに長足の進歩をみせた。


恩師の1人である高橋アキが草津の総帥で「カメラータ・トウキョウ」レーベルのオーナー、井阪紘氏に佐藤を紹介。井阪は佐藤を草津に招いて演奏機会を設けるとともに、ウィーン楽友協会から取り寄せたヨハン・ラディスラフ・ドゥセク(ドゥシーク、1760〜1812)の楽譜コピーを授けたことが、今回、カメラータへの初録音に発展した。ふだんベーゼンドルファーを弾く機会の多い佐藤だが、イタリア・ウンベルティーデの聖クローチェ教会で井阪が陣頭指揮をとったセッションではスタインウェーを選択した。楽友教会アーカイブのオットー・ビーバ博士の解説によると、ドゥセクは19世紀初頭の時点でモーツァルト、ハイドンと並ぶ鍵盤音楽の作曲家と見做されていた。若い頃はイケメンのコンポーザー&ピアニストとして人気を博し、各地の宮廷から引く手あまたの日々だったらしいが、暴飲暴食など自堕落なライフスタイルで容貌、体調とも急激に悪化、痛風のために52歳で亡くなった。


どこかに儚い美しさをたたえた雰囲気は生き急いだ作曲家にありがちなものだが、ドゥセクの面白さは親しみやすい素材を巧みに発展させて純音楽の域に高めつつ、意表をつく展開、求める技巧水準の高さなどによって、ピアニストの演奏意欲を駆り立てずにはおかない設定にある。力任せに弾くタイプの奏者が見落としがちな「わな」も随所に仕掛けてあり、脱力奏法とローテンション(もちろん、良い意味で)を基本とする佐藤には、打ってつけのレパートリーだった。佐藤の繰り出す音は、どこまでも美しく、共感に満ちている。ドゥセクと佐藤を瞬時に結びつけるあたりベテランプロデューサー、井阪氏の老練ぶりが際立った。


不思議なのはジャケットに選ばれた絵画。19世紀オーストリアの画家と同時に地方政治家、ホテル・レストラン・カフェ経営者とマルチだったアントン・バルツァー(1811〜91)の「Die Grosse Strumhaube im Risengebirge」という作品で、題名を直訳すると「ジャイアント山脈のバラクラバ(目出し帽)」。これがボヘミアからドイツ、フランス、イタリア、英国を渡り歩いたドゥセクの何と関係があるのか? もしかして「人生の落とし穴」を意味するとしたら、アル中で寿命を縮めた作曲家の人生の象徴なのかもしれない。

(カメラータ・トウキョウ)


3)「ディアーナ」

平澤真希(ピアノ)


1年をゆっくり、静かに締めくくるのには案外、こうしたディスクがいいのではないか?


平澤真希は1990年代前半に東京音楽大学に在学していたので、若手とはいえない。カロル・シマノフスキに傾倒していた93年にポーランドの名ピアニスト、レギナ・スメジャンカから才能を認められ、ワルシャワのショパン音楽院に奨学金特待生として留学した。2010年ころから日本に戻り、故郷の長野県伊那市を拠点に独自の演奏活動を展開してきたという。東日本大震災を機に作曲を始め、自作アルバムも含め過去5点のCDをリリース。第6作に当たる「ディアーナ」のボーナストラックにも自作の「祈り」を収めたほか、ヴァイオリンの名曲であるマスネの「《タイス》の瞑想曲」のピアノ独奏編曲も自ら手がけた。


「ディアーナ」とはサンスクリット語で「静慮」を意味するという。平澤は「はるか彼方から聞こえてくる魂の声に耳を傾けて、皆さんとともに音楽の根源を共有できたら」との思いをこめ、クラシックの名曲小品集を編んだ。スクリャービンの「アルバムの綴り」に始まり、ショパンの「ノクターン(夜想曲)」「ワルツ」、リスト「愛の夢第3番」、シマノフスキ「練習曲変ロ短調」、ドビュッシー「月の光」、ベートーヴェン「エリーゼのために」などの名曲が次々と奏でられるが、そのどれもが、過去に聴き慣れた演奏とは全く違う響きと輝きを放つ。平澤自身によるライナーノートでは、例えば「エリーゼ…」に対し「私は命がけの綱渡りをしている自分を投影し、胸が張り裂けるような思いになりました」と語る。


今年6月5&6日に東京・品川区立五反田文化センターでのセッションはソニー在職中から数々の優れたピアノ録音で知られ、自身もピアノの天才少年だった武藤敏樹氏が手がけ、平澤のユニークな音の魅力を余すところなく捉えている。

(アールアンフィニ)






 




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