• 池田卓夫 Takuo Ikeda

レオンスカヤ・ポゴレリチ・ドゥダメル

クラシックディスク・今月の3点(2022年2月)


モーツァルト「ピアノ・ソナタ全集(第1ー18番)」

エリザベート・レオンンスカヤ(ピアノ)

「第14番ハ短調K.457」と一体で演奏するハ短調K.475の「幻想曲」は収めたが、終結部が未完の「幻想曲ニ短調K.397」や変奏曲は省いたシンプルなソナタ全集。レオンスカヤは1945年、旧ソ連時代のジョージア(グルジア)の首都トビリシに生まれ、モスクワ音楽院で学んだ後、スヴャトスラフ・リヒテルがメンター(導師)として、大きな影響を与えた。1978年にウィーンへ移住後しばらくしてレオンスカヤが日本の音楽雑誌のインタヴューで語った一言、「ウィーンの街のテンポは悠然としていて、私が愛する作曲家たちが生きていた時代とあまり変わらず、散歩をしているとふとシューベルトやブラームスと出会えるような錯覚に陥ります」が長く私の記憶に残っていた。モーツァルトもまた、ザルツブルクからウィーンに出て、ウィーンで亡くなった作曲家だ。第14番のソナタもウィーン時代の傑作。


ドイツのパルロフォン社はコロナ禍で降ってわいたレオンスカヤの「暇」を最大限に生かして?2021年1月、3月、4月に合計9日間のセッションを組み、ブレーメン放送協会のゼンデンザール(放送ホール)でモーツァルト全集を一気に録音した(販売はワーナー)。そこには長くウィーン→ドイツ=オーストリア→中欧(Mitteleuropa)音楽に傾倒してきた芸術家の到達した、空気のように自然で澄み切った音楽の時間が流れる。アーティキュレーション、フレージング、強弱法のいずれにも一切の誇張がなく、すべての音があるべき位置に収まっている感じ。もはや「有名になりたい」「他者を凌駕したい」といった欲求を超越した境地の大家が虚心に向き合い、生まれる音は最初にモーツァルトを弾いた子どもに匹敵する純度を回復している。打鍵にも全く無理がなく、行き届いた脱力が極上の音色変化を生む。6枚組と決して短時間のセットでないにもかかわらず、何度も繰り返し聴いてしまった。

(ワーナー ミュージック)




ショパン「夜想曲(ノクターン)第13番ハ短調作品48の1、第18番ホ長調作品62の2」「幻想曲へ短調作品49」「ピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58」

イーヴォ・ポゴレリチ(ピアノ)

「ポゴ様」のソニー移籍後2作目、ドイッチェ・グラモフォン(DG)時代から数えて21年ぶりのショパン・アルバム。1958年生まれ、私と誕生日が1か月違うだけで同い年なのに「キミはボクより年寄りだ」と言い張るナルシシストは、強烈かつ独自の美意識の世界に生きている。生涯のパートナー(恩師にして極端に年長の夫人)の死後、演奏はかなり迷走したが、持って生まれた才能は疑うべくもなく、当たり前のように円熟の一線に戻ってきた。


しかしながら、ポゴ様の熟成はレオンスカヤの枯淡とは異なるベクトルに支配される。一度「あの世」を見てしまった人間にしか感知できない「精神の言語」をショパンから嗅ぎ分け、地獄からの呻き声を音符の1つ1つに託す。ディスクを再生して数秒以内に、人は「異変」に気づく。今まで聴いたことがないショパン、でも、すごく説得力のある再現! 一瞬でも常ならない世界に魅了された者はもう2度と、美しいだけのショパン演奏に戻れない。


ポゴ様の到達した「今」を受け入れる勇気のある聴き手に向け、強烈に薦めたい名盤だ。2021年9月2ー10日、オーストリア・ライディング(リストの生誕地)フランツ・リスト・コンサートホールでセッション録音、ピアノはスタインウェイ。

(ソニーミュージック)




バーンスタイン「《ウェスト・サイド・ストーリー》オリジナル・サウンドトラック」

スティーヴン・スピルバーグ監督の映画キャスト、グスターボ・ドゥダメル指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(=NYP、一部ロサンゼルス・フィルハーモニック=LAPO)他

スティーヴン・スピルバーグ監督の新作映画「ウエスト・サイド・ストーリー」についてはサウンドトラックも含め、タワーレコードのフリーマガジン「intoxicate」とそのWeb版「Mikiki」に書いた;

https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/31078


とにかくゴージャス。レナード・バーンスタイン作曲の音楽はもはや、クラシックと呼べる永遠の輝きの中にある。ドゥダメルはあまりに早く世に出た上、母国ベネズエラの音楽教育「エル・システマ」と一体で語られる機会が多かったため、クラシック指揮での評価がなかなか定まらなかった。実力はドイツのバンベルク交響楽団が企画したグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝した時点で、誰の目にも明らかだった。LAPOの音楽監督に就いたあたりから評価もようやく定まった。「ウエスト・サイド・ストーリー」でも彼ならではのめくるめくゴージャスな響きを与えつつ、今日も世界を悩ませてやまない「分断」の陰影が音を介し表わされる奥行きでも耳をとらえて離さない。とりあえず映画、観てください!

(ユニバーサル ミュージック)








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