1967年ギリシャ生まれのヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスがヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団とのブラームス「ヴァイオリン協奏曲」(2021年10月16&17日、東京芸術劇場)、東京都内でのマスタークラスに続き、ブラームス「ヴァイオリン・ソナタ全曲(第1ー3番)演奏会」に10月20日、東京オペラシティコンサートホールで臨んだ。ピアノは萩原麻未。2人に続きページターナー(譜めくり)が舞台に現れてびっくり、萩原の夫でマスターコースを受講した新進ヴァイオリニストの成田達輝だった。
N響との協奏曲は94歳のブロムシュテットの僅かなリズムの乱れやズレを巧みに補いながらの独奏で、アンコールのバッハ無伴奏でようやく、自己を完全解放したような趣があった。
ブラームスのソナタでは既にユジャ・ワンとの名盤(デッカ=ユニバーサル)が存在、カヴァコスは強い個性のソリストとの共演を好むようだ。2010年ジュネーヴ国際音楽コンクールのピアノ部門で日本人初の優勝を果たした萩原は広島、パリ、ザルツブルクで学び、他の誰とも異なる浮遊感とリズム感、和声感、色彩感に彩られ、即興性に富む演奏に秀でる。どこか、宇宙人を思わせるところもある。リハーサルも十分に行ったようで、神経質なチューニングに手間取ることもなければ、開始の合図に入念を期すこともない。一瞬ふと目を合わせるだけで即、演奏に入る呼吸はなかなか見事だ。それでも「第1番《雨の歌》」の始まりはお互い半身の構えというか、腹の探り合いというか、鼻歌を思わせる軽い歌わせ方と控えめな音量で「おや?」と思わせた。「第2番」「第3番」と聴き進むうち「してやられた」と気付いたのは、「第1番」冒頭の切れ切れの歌から「第3番」最終(第4)楽章の絶唱に至るまで1枚の確かな設計図の下、ブラームス自身の創作の軌跡を追体験する劇場に、私たちが身を置いていたという実態だ。作曲家のワーク・イン・プログレスがそのまま、カヴァコスと萩原の演奏、私たち聴衆の作品理解と同時進行する臨場感は、特別の体験だった。
2人が結んだ大きな輪は、アンコールの合作「FAEソナタ」のブラームス作曲部分「スケルツォ」で会場いっぱいに広がり、聴衆はスタンディングで応えた。成田は妻をサポートしたというより、マスタークラスで「今までの自分を根底から覆されるほど」に受けた衝撃を間近で追体験し、自身の今後へと生かすために譜めくりをかって出たのだと思われる。
※私が書いたプログラムの文中、ギリシャ出身の音楽家を列挙した段落で何故か指揮者テオドール・クルレンツィス(1972ー)の名前を失念した。締切を聞かないまま引き受け「すぐお送りください」の連絡に驚き、4時間で書いた原稿だったので記憶が飛んでいた。もっとも前の段落で「20世紀に活躍した音楽家」と定義しているので、21世紀に頭角を現したクルレンツィスは対象外ではあるのだが。いずれにしても、「うっかり」でごめんなさい。
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