• 池田卓夫 Takuo Ikeda

ルイージ指揮デンマーク国立SOの蜜月


ジェノヴァ生まれのイタリア人指揮者、ファビオ・ルイージは今年1月19日で還暦(60歳)に達した。指揮はオーストリアのグラーツ音楽大学でクロアチアの巨匠、ミラン・ホルヴァートに学んだだけで、キャリアの滑り出しもドイツ語圏である。私が最初の実演に接したのは1990年10月、旧西ドイツとの合併を目前に控えた旧東ドイツのベルリン国立(現在は州立)歌劇場の「蝶々夫人」(プッチーニ)だった。以来30年近くルイージを聴き続けてきた。昨年(2018年)は珍しく姿を現さなかったが、2017年には日本国内3つのオーケストラと共演、久しぶりにインタビューもして、「日経電子版」の記事にまとめた。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO20827930W7A900C1000000?channel=DF280120166618&style=1


今回は2016年から首席指揮者を務めるデンマーク国立交響楽団と「東芝グランドコンサート2019」のために来演。1925年創立の同響にとっても、史上初の日本ツアーに当たる。AB2つのプログラムのうちBプログラムを3月19日、サントリーホールで聴いた。1曲目は自国の作曲家ベント・ソレンセン(1958〜)に同響とニューヨーク・フィルハーモニックが共同で委嘱した「イヴニング・ランド」(2017)。Bプロ初日、16日のアクロス福岡シンフォニーホールが日本初演だった。作曲者が「6歳か7歳のころに見た」というデンマークの田園風景が50年後のニューヨークで突然、脳裏によみがえったときの印象がテーマ。コンサートマスターのソロをはじめ、様々な楽器の音が浮かんでは消えて調性と無調、長調と短調の間を往来する幻想的な作風は、東京の聴衆の心もとらえたようだ。客席のソレンセンもルイージに呼ばれて舞台に上がり、温かな拍手に感無量の面持ちだった。


2曲目はアラベラ・美歩・シュタインバッハーの独奏によるブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。バイエルン州立歌劇場のコレペティトールだった父親から、R・シュトラウスのオペラの主人公の名前を授かった日独ハーフの名手はきりりと引き締まった造形、底光りのする音色で耳を惹きつける半面、オーケストラが歌の主導権を握る場面では目立ち過ぎを戒めるなど、知的コントロールにも長けている。ルイージの指揮は伴奏の域を大きく踏み出して積極的。大きくオーケストラをうねらせ、R・シュトラウスの同時代人(Zeitgenoss)としての後期ロマン派の作曲家という、ふだん忘れられがちなブルッフ像を前面に押し出していた。アンコールはクライスラーの無伴奏曲「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリス」。アラベラ・美穂はここでも中欧のユダヤ系作曲家という共通点でブルッフと結び、協奏曲の余韻を残したまま自己を解放、切れ味のいいテクニックを存分に披露した。ヴァイオリン好きで知られる小泉純一郎元首相(過去に「音楽談義」という本を一緒に出したことがある)とロビーで出くわしたら、「いいヴァイオリニストだね」とご満悦でいらした。


後半はベートーヴェンの「交響曲第7番」。弦の対向配置を採用せず、奏法もピリオド志向をとらない。テンポは驚くほど早いが、繰り返しを実行した結果、演奏時間45分と長め。第1楽章から第2楽章だけがアタッカ(切れ目なし)、以後はきちんと間を置いた。極めて不思議なバランスの上に成立したベートーヴェンは、ルイージがデンマークのパートナーの特性を踏まえた結果であり、ドイツや米国のオーケストラ相手では決して選択しない処方箋と思えた。とにかく全員がルイージの意図を最大限に汲み取ろうと、ものすごい気迫で立ち向かい、管楽器のソロにも熱がこもる。北欧らしい透明感をたたえた弦楽器群は厚みを兼ね備え、特に第2ヴァイオリンやチェロ、コントラバスにベートーヴェンの与えた音像がくっきりと浮かび上がる。イタリア風でもドイツ=オーストリア風でもない、ルイージとデンマーク国立響の共同作業が一から練り上げた新鮮なベートーヴェンを聴けたのは幸いだった。


アンコールにはなんと、フル編成でコンチネンタルタンゴの名曲「ジェラシー」を奏でた。アルフレッド・ハウゼ楽団の1925年の大ヒット、作曲者ヤコブ・ゲーゼ(1879〜1963)はデンマークのヴァイオリニスト兼作曲家だったから、「お国もの」には違いない。確かにベートーヴェンの7番が「聖なる舞踏」なら、「俗」とまではいわないが、タンゴもまた踊りの音楽である。こんな大胆な試みを実行に移せるのも、ルイージと同響の関係が蜜月である証しだろう。サントリーホールの客席には彼ら自慢の本拠地、コペンハーゲンのDRホールの音響設計を担当した豊田泰久氏の姿もみえた。38年と長い歴史を持つ「冠コンサート」(スポンサー名をつけた公演。前身の「オーレックス・グランドコンサート」も勘定に入れれば、もっと回数は増えるはず)の老舗にふさわしい、肩のこらない仕上がりだった。





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