• 池田卓夫 Takuo Ikeda

モーツァルトとチャイコフスキー〜上原彩子、「不惑」のゆるぎないピアニズム

最終更新: 4月1日


若手ピアニストのイメージが強かった上原彩子も今年(2020年)7月30日で40歳、「不惑」を迎える。最初に聴いたのは1994年。義母の名教師ヴェーラ・ゴルノスターエヴァとともにヤマハのマスタークラスで教えていたリトアニアのピアニスト、ピャトラス・ゲヌーシャス(2015年チャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門第2位のルーカス・ゲヌーシャスの父)のリサイタルを勤務先のホールで引き受けた際、「近い将来、大きな国際コンクールで優勝確実な〝イチオシ〟の生徒との4手連弾を数曲、交えてはもらえないか」と頼み、連れて来られた中学2年生の少女が上原だった。ブラームスとショスタコーヴィチを連弾し、時として先生を上回る音の張り&輝きをみせたのに仰天した8年後、モスクワのチャイコフスキー・コンクールで日本人初、女性初の第1位に輝いて、恩師たちの見立てと教育の正しさも立証した。


2022年の正式デビュー20周年に向け、上原は東京オペラシティ・コンサートホールで3年連続のリサイタルを企画。その初年度が2020年3月25日のモーツァルト、チャイコフスキーを組み合わせたプログラムで、一部の曲は1月に発売した新譜(キング)と重なった。チャイコフスキーはスラヴ文化圏、ロシアの作曲家だが、正面きって「国民楽派」のカートに入れられる機会は少ない。何よりモーツァルトに憧れて作曲の範とし、中欧から南欧にかけてのヨーロッパ音楽の中枢に自身のアイデンティティーを重ねていた異色の存在だった。


モーツァルトの「キラキラ星変奏曲」を弾き始めた瞬間、「ああ、生のピアノの音は美しいな」と思い、心に沁みた。新型コロナウイルスがいよいよ首都圏でも猛威を振るい始め、空席とマスク、異様な沈黙に包まれた客席には最初、重苦しい雰囲気が漂っていた。ピリオド楽器にも改めて触れながら究めたという上原のモーツァルトには、良い意味の軽やかさが備わり、聴く者の心を自然に和らげる優しさ、柔らかく浸透する深さにも事欠かなかった。前半の最後と後半の最初に置かれた「ピアノ・ソナタ第12&4番」でも基本は変わらず、玉を転がすように美しくリズムの弾むモーツァルト解釈に、上原の著しい進境を確認した。


チャイコフスキー。「創作主題と変奏」では珍しく音楽がばらけ、激しい足踏みを伴う強打が美観を損ねる瞬間が現れ、客席だけでなく、演奏者も特殊な状況下、テンションの維持に苦吟する様を垣間見せた。だが、CDに収めた「四季」からの「3月《ひばりの歌》」「6月《舟歌》」からは集中と安定を取り戻し、さりげなく洒脱な歌い回しで魅了した。後半のメイン、「グランド・ソナタ」は2005年世界リリースのデビュー盤(旧EMI)に収めて以来の十八番(おはこ)。当時の技と気迫はそのままに、より自然な起承転結の設計、歌い回しなどで聴く者の耳を釘付けにした。同時に、3年連続リサイタルにかける決意を鮮明に記した。2年目の2021年1月13日の「Vol.2」はショパン、ラフマニノフの組み合わせで臨む。


アンコールはチャイコフスキー〜上原彩子編曲「6つの歌曲 Op.6〜 第5曲《なぜ》」

とモーツァルトの「ピアノ・ソナタ 第11番 《トルコ行進曲付き》第1楽章」、チャイコフスキー「18の小品 Op.72〜 第14曲《悲しい歌》」の3曲。激しい曲調は避けられ、困難な時期を共有する人々を慰め、再び静かな時間へと送り出す思いやりに満ちていた。



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