およそ3か月に及んだ新型コロナウイルス禍による公演中止&延期期間を経て、再開への方策を模索するなか、以前は競合関係にあった劇場、ホール、オーケストラなどの音楽団体の〝仲〟が急激に良くなっている。世界の音楽界、とりわけ高コスト低収益のクラシック音楽業界は存亡の危機に立たされていると言っていい状態。もはや張り合う段階ではなく、互いに知恵を出し合い、意見を交わし、AC(コロナ以後)の時代の演奏形態、配信戦略、発券&席配分、入退場&誘導、空調、感染症対策など多くのチェックポイントに対し、新たなスキーム(枠組み)の確立を迫られた。6月中旬以降は、公開実験形の試演が相次いでいる。
2020年6月16日、ミューザ川崎シンフォニーホールも元々予定していた主催公演「MUSAランチタイムコンサート 底抜けに明るいジャズ!」を中止する代わり、出演者の中川英二郎TRAD JAZZ COMPANY "Trio"(トロンボーン=中川、バンジョー=青木研、ピアノ=宮本貴奈)の3人をキープし、事前の告知と登録で集めた音楽業界関係者のみによる試演を行った。ミューザのステージに生の音が帰ってきたのも、3か月ぶりだ。午前11時に受付を開始、アクリルボードで仕切られた当日券カウンターで用紙に氏名(カタカナ)、電話番号を記入するのと引き換えに自由席入場券をもらい、ソシアルディスタンシング(社会的距離の設定)のマーキングが床に貼られた分散入場の誘導レーンに並ぶ。入場時はサーモグラフィーで体温をモニター、アルコール消毒液で手を清めた後、チケットの半券を自分でもぎり、スタッフが目視確認。プログラムも自分でピックアップする。客席は1階と2階の一部を使用、エレベーターの定員も減らした。クローク、ギフトショップ、ドリンクコーナーは閉じて、飲用水クーラーの使用も禁止。撤去できる備品はすべて、撤去した。スタッフはマスク、フェイスシールドを着用、できるだけ声を出さず、ジェスチャーで対応する。ホール内は前4列を黒い布で覆ってつぶし、座れるゾーンも禁止席を表示、適度の間隔を確保した。ドアを開閉できるのはスタッフのみ、ホール内では飲食はもちろん「ブラヴォー」のかけ声、さらに聴衆どうしの会話にも〝自粛〟を要請した。開演中のロビーでは、スタッフが手すりなどの共用部分の再消毒を入念に行った。今回は関係者限定だったので特別な準備を省いたが、一般公開後の「高齢者や車椅子使用者、杖を使うお客様への対応は今後に残された課題」としている。
中川たちの演奏時間は50分弱。「聖者の行進」では中川の歌声も聴けた。圧巻は青木のバンジョー。ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」をバンジョー1台で奏で、信じられないほどの輝きを放った。アンコールは「A列車で行こう」。3人とも久しぶりの「有観客」ライヴだったため、調子の上がりきらない部分もあったが、懐かしく上質のジャズの名曲をたっぷり、PA(音響補助)を入れない響きの美しいホールで聴けたのは良かった。
終演後、意見交換会の参加希望者はいったんホールの外へ出て待機、再入場した。冒頭では出演者3人がコメント。それぞれの言い回しで、ライヴステージへ復帰した喜びを語った。
次いでホール側が現状、今回とった対策の詳細を説明し、質疑応答に移った。「スタッフが無言すぎる。『ありがとうございます』くらいは言って、差し支えないのではないか」「プログラムの紙が薄いと一部だけとるのが難しい。数部とってしまい、残りを戻すのでは感染リスクが上がってしまう」「ホールは元々マスクや空調で喉が渇きやすいから、ドリンクコーナーやウォータークーラーに替わる水分補給の指針がほしい」「消毒液のタップを大勢が触ってしまううちは、リスクを否定できない」「空調の詳細を説明して」「ピアノの鍵盤の消毒には対応しているのか」など、非常に真摯かつ詳細な意見や質問が数多く飛び交った。ホール側も「コンサートのマナーに関し、クラシックのお客様は元々厳しくていらっしゃるので、マスクの着脱ルールに頭を悩ませている。皮膚が弱く、マスクをつけられない方のことも考えなければいけない。基本は皆さんに楽しんでいただけることであり、強制とは異なる手法を考えていきたい」と応え、今後のさらなる情報交換を参加者にも要請した。
最後に今年夏の主催音楽祭「フェスタサマーミューザKAWASAKI2020」が7月23日ー8月10日、内容を一部変更したうえ、1公演あたり600席に限定した有観客ライヴと有料配信を並行して行う「ハイブリッド型」の開催に初めて挑むことを発表、試演イベントを終えた。
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