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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

マゼール&読響・島田彩乃・オットー

更新日:2019年5月31日

クラシックディスク・今月の3点(2019年5月)



マーラー「交響曲第2番《復活》」

片岡啓子(ソプラノ)、伊原直子(アルト)、武蔵野音楽大学合唱団(佐久間哲也指揮)

ロリン・マゼール指揮読売日本交響楽団

1987年5月9日、東京文化会館大ホールの実況録音。没後5年にちなみ、最後の奥様だったミュンヘン出身の女優ディートリンデ・トゥルバン=マゼールの正式な許可を得て、CD化が実現した。これは、本当に凄い演奏である。32年前の読響の演奏水準は現在より低いはずだが、鬼才指揮者の凄絶な統率によって、完全に限界を突破している。第1楽章の疾風怒濤、阿修羅のごとき音楽では今日、むしろ聴けなくなった類の狂気が徹底的に爆発する。


1970〜80年代に日本のオーケストラがマーラーを演奏する際、アルト独唱の「指定席」を占めていた名歌手、伊原の歌声は懐かしく、ソプラノ独唱の片岡には上り坂の輝きがある。当時は武蔵野音大で学ぶテノール、現在は二期会所属のバリトンの羽山晃生は合唱の一員として出演、「マゼールの大胆なルバート、伸縮自在のフレージングに合わせて歌うのは非常に大変だったが、みな必死に食らいつき、素晴らしい感動を味わった」と振り返る。あのころの私は読響がブラームスの「ドイツ・レクイエム」(ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮)、ベートーヴェンの「交響曲第9番」(クルト・マズア、ハインツ・レークナーら指揮)など合唱を伴う作品を演奏するたび、佐久間哲也率いる武蔵野音大合唱団の真摯で卓越した音楽に魅了され続けた。今回、「復活」の記念碑的演奏の記録で、全盛期の彼らと再会できたのも感無量だ。


ディスクの1枚目は第1楽章のみ。第2〜第5楽章は2枚目に分けてあるのでマーラーの指定通りに第1楽章の後、5分の休憩を置いて聴いてほしい。続けて聴くと、あまりの衝撃と感動、動揺で、ぜったい心身にダメージを受ける。早くにデビューして数々の栄光に包まれつつも独特の自己顕示欲や金銭的成功への執着、あり余るバトン・テクニックなどが災い、つねにヘルベルト・フォン・カラヤンやレナード・バーンスタインに比して「2番手」の扱いを受けてきた点、マゼールの人生には奇妙な悲哀が漂う。だが、間違いなく天才指揮者なのだ。すべての条件が一点に交わり、最大の成果をあげた瞬間には、いつも奇跡をもたらしてくれた。読響との一期一会、57歳時点の「復活」は、その最も感動的な証明となろう。

(東武ランドシステム)


ブラームス「3つの間奏曲作品117」「6つのピアノ小品作品118」「パガニーニの主題による変奏曲作品35」

島田彩乃(ピアノ)

島田を最初に聴いたのは昭和の大ピアニスト、園田高弘の夫人、春子さんが企画したショパンのガラ・コンサートだったと思う。一緒に聴いていたピアニストが「島田さんの演奏、自分には一番よかった」と褒めていた。桐朋女子高校を出てそのままパリに渡ったので、フランス系の教育を受けたピアニストという印象が強く、ショパンにもその影響が現れていたと記憶する。よってブラームスの渋いピアノ独奏曲のCDを出し、音楽雑誌で高い評価を得たのには、意表をつかれた。ライナーノートに載った西巻正史氏(トッパンホールのプログラミング・ディレクター)の一文によれば、島田は「ブラームスの室内楽と後期の作品が大好き」であり、「それらを勉強するために10年のパリ生活に別れを告げ、最も心に響いた師に習うためライプツィヒに行った」という。師の名は、ゲラルト・ファウトだ。


パリで身につけた美しく多彩な音色を音符の深いところまで沈め、静謐の中から再び、淡い色彩の世界が広がる……そんな感触の、素敵なブラームスである。作品117、118ときたら最後の119までワンセットにするピアニストが多いなか、島田は敢えて時代をさかのぼり、技巧のハードルも高い「パガニーニ変奏曲」を組み合わせた。自身が記した解説で、高校の卒業試験に弾いた作品だったことを明かし、「当時は弾くだけで精一杯だったが、時間を経た今、改めて楽譜と向き合うと、ブラームスならではの魅惑的なハーモニーがここかしこに散りばめられていることを再発見!」したという。「こんなに愛情に満ちた《パガニーニ変奏曲》は、他には見当たらないかもしれない」と、自信のほどもみせる。もちろん第一線の新進ピアニストとして、ヴィルティオージティ(名技性)には何らの不足もない。


2017年1月11〜13日、三重県総合文化センターでセッション録音。「ブラームス特有の温かみ、憂い、寂れ、厚み、深みを表現する」ため、ピアノはベーゼンドルファーとした。

(アルトゥス)


「アズーラ--イタリアン・リサイタル--」

オッタヴィアーノ・クリストーフォリ(トランペット、コルネット、フリューゲルホルン)、高橋ドレミ(ピアノ)、中川英二郎(トロンボーン)

私は2019年4月1〜16日、日本フィルハーモニー交響楽団が首席指揮者ピエタリ・インキネンとともに4カ国10都市で行ったヨーロッパ公演に随行記者として雇われ、各地の大きな成功を目の当たりにした。終演後に日本フィルの特設サイトへコンサートレポート1000文字を書く作業を続け、送信を終えると街かホテルのバーに出て、ビールを飲む繰り返し。インキネンは毎回のリハーサルのたび、降り番の曲で客席に座っているソロ・トランペット奏者、クリストーフォリに「オットー(オッタヴィアーノの愛称)さん、どうですか?」とサウンドバランスを尋ね、信頼していた。兵庫県立芸術文化センター(PAC)管弦楽団を経て2009年に日本フィル入団。シカゴ留学歴もあって達者な英語を話すし、日本人と結婚後は日本語もめきめき上達したので今や何人か判然としないが、1986年にイタリア東部のフリウリ州ウーディネ市で生まれた、れっきとしたイタリア人である。輝かしい音色と同じく性格はオープン、毎夜の飲み会でも必ず出くわす人付き合いの良さも魅力の一つである。


タイトルの「アズーラ」は「青のアリア」の意味。日本人作曲家の伊藤康英がオットーのために書き、フリウリで初演した「トランペット協奏曲」の第2部に当たり、今回はフリューゲルホルンとピアノで演奏した。メインを占めるのはベッリーニやヴェルディのオペラの名旋律を編曲した幻想曲や変奏曲で、自然なフレージングとブレスからは、「管楽器を聴いている」との意識が遠のいていく。名歌手顔負けのディーヴォ(歌の神)ぶりだ。日本でも人気のあったイタリアのトランペット奏者、ニニ・ロッソの自作「夜空のトランペット」と、ロシアの怪物奏者だったティモフェイ・ドクシツェルが編曲した2曲の日本の歌(「さくら」「浜千鳥」)は私たちの郷愁も刺激する。オットーが所属する金管アンサンブル「侍ブラス」のため、トロンボーン奏者の中川が書いた「ロデオ・クラウン」はトランペット、トロンボーンのデュオ版。ピアノの高橋も歌心に満ち、楽しいアルバムに仕上がった。


佐渡裕率いるPAC管は世界の若手奏者をオーディションで選ぶが、1期3年の契約を更新せず、日本に残りたい場合は各地のオーケストラの試験を受けなければならない。もちろん全国規模の「底上げ」を狙ったシステムであり、近年、PAC出身の日本人ではない管楽器奏者、打楽器奏者らが日本フィル以外でも少なからず活躍している。オットー入団後、日本フィルの金管セクションからは力任せの汚い音が消えたように思う。日本に根を下ろし自国と日本の作曲家の作品それぞれに、味わい深い演奏を聴かせるのは素晴らしいこと。2019年には音楽アカデミー「Music system Italy/Japan」も立ち上げ、芸術監督を務めている。

(日本アコースティックレコーズ)










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