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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ポリーニ・ハウザー・小泉和裕指揮九響

クラシックディスク・今月の3点(2020年2月)


ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第30、31、32番」

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)

週初めの振替休日(2月24日)はまだ、アンネ=ゾフィー・ムター渾身のベートーヴェン演奏をサントリーホールで堪能していた。新型コロナウィルス感染拡大の恐れに対する備えの遅れを指摘された首相が26日に至って突如「自粛要請」談話を出し、一気にコンサートやオペラ上演の火が消えた。2011年の東日本大震災のときは主催者の自主判断に委ねられ、西日本では平常通り公演が行われていたのだ。世界規模のパンデミックは1918ー1919年、全人類の30%が感染した「スペイン風邪」以来約1世紀ぶりなので、いま生きている人間ほぼ全員にとって未経験のゾーンに入りつつあるわけで、先行き不透明感は強い。


ディプレッション(意気消沈)に陥ったとき、私たちを慰め、奮い立たせ、先へ進む力を与えてくれる音楽の筆頭は、やはりベートーヴェンだろう。生誕250年の今年は新録、再発を合わせて大量のベートーヴェン音源がリリースされている。すでに長老の域(78歳)に達したイタリアのピアニスト、ポリーニは若い頃からベートーヴェンを得意としてきたが、「ピアノ・ソナタ」32曲の全集には1975−2014年と、39年間を費やした。面白いのは、多くのピアニストが最後にとっておく後期作品を最初に入れたことで、第30番と31番の1975年、第32番の1977年の録音が長く愛聴されてきた。情よりは知が勝り、力強く見事に彫り込まれていながらも冷ややかな感触を残した大理石の彫刻を思わせる解釈だった。


2019年6月24ー26日、ミュンヘンのヘラクレスザールで一気に再録音した第30、31、32番の3曲を聴く感触は、旧盤とかなり異なる。彫像の威厳は消えたわけではないが、聴く者にぐっと歩み寄り、40年間に得た発見の数々にある種の感慨も抱きながら、じっくりと語り聴かせる味わい深さが際立っている。ベートーヴェンが歳月をかけて築き、さらなる高みを目指し続けた音楽の理想を極めて高く、深い次元で究めつつも、聴く者をぜったい置き去りにはしない。それでもドイツ系巨匠のモノクローム写真ではなく、イタリアの美術品やファッション、あるいは自動車デザインに共通する色彩感、エロスはしっかり漂い、人間味あふれるチャーミングな音楽に結晶しているのが今のポリーニらしく、素敵だ。

(ドイッチェ・グラモフォンDG=ユニバーサルミュージック)


マーラー「交響曲第3番」

小泉和裕指揮九州交響楽団

清水華澄(アルト)

九響合唱団・RKB女声合唱団・多目的混声合唱団・活水高等学校コーラス部、久留米自動合唱団ほか(合唱指揮=横田諭)

九州交響楽団もコロナウィルス騒ぎを受け、2020年3月12日に福岡市のアクロス福岡シンフォニーホールで予定していた第383回定期演奏会と、16年ぶりになるはずだった14日の東京公演(サントリーホール)の中止を発表した。「定期演奏会の中止は初めて」という。2013年から音楽監督・首席指揮者(1989ー1996年にも首席指揮者)を務める小泉和裕は1973年の第3回カラヤン国際指揮者コンクールの優勝者で優れたトレーニング能力、カラヤン譲りの直線的な解釈でオーケストラを鍛え上げ、豪快に鳴らせる名匠だ。飛騨古川に家を建て自ら農作業もしながらのエコライフを実践する過程で海外キャリアを〝店じまい〟、もう1つの音楽監督タイトルを持つ名古屋フィルハーモニー交響楽団だけでなく国内いくつものオーケストラからポストを提供され、「ぶれない音楽」で確実な成果を上げる。


九響では2018年9月の創立65周年記念演奏会に「第8番《千人の交響曲》」、自身が古稀(70歳)を迎えた2019年の7月27日に「第3番」と、マーラーの長大かつ大編成の交響曲に2シーズン連続で挑みアンサンブルの著しい向上をアピール、大きな成功を収めた。よく訓練された合唱、アルトながら明るい音色の清水の独唱ともども、必要以上の晦渋さや哲学性を漂わせず、「隅々まで入念に書かれた交響曲」のスコアをリアルに現実の音に変換いていく。いかにも小泉らしい律儀で一途な音楽が、作品から「別の横顔」を引き出した。

(フォンテック)


「ハウザー クラシック」

ハウザー(チェロ)

ロバート・ジーグラー指揮ロンドン交響楽団

エリザベス・フックス指揮ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団(日本盤ボーナストラックに収められたサン=サーンス「白鳥」のみ)


ハウザーこと1986年生まれのクロアチア人チェリスト、ステファン・ハウザーは1歳年下の同国人で若手時代はコンクールのライヴァルだったルカ・スーリッチとともに2011年、「2CELLOS」のユニットを立ち上げてソニーミュージックと契約、クロスオーバーの分野で世界的アーティストの仲間入りを果たした。


そのハウザーが「1CELLO」でロンドン響をバックに、クラシックの名旋律を「これでもかこれでもか」のてんこ盛りで、朗々と歌い上げる。途中に1)イタリアのシンガーソングライター、ルチオ・ダーラの「カルーソー」、2)韓国のコンポーザー&ピアニストでプロデューサー、「冬のソナタ」の挿入歌でも知られるイルマの「リヴァー・フロウズ・オン・ユー」、3)ドイツのイージーリスニング界の巨匠ジェイムズ・ラストの「孤独な羊飼い」と純クラシックではない3曲を交え、ジャンルを超えた演奏活動のアイデンティティーも刻印する。


最初は「2CELLOS」の合間の〝余技〟程度と思って聴き出したが、溢れ出る歌心と親密な語りかけが実に魅力的で、だんだんウルウルしてくる。何か不安を抱えたり、イラだったりしている時に再生すると、ヒーリングの効果も期待できそうだ。

(ソニーミュージック)



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