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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ベートーヴェンの弦楽三重奏3曲、「マロワールド」の3世代共演でがっつりと


篠崎史紀(ヴァイオリン)がもはやヴェテラン、佐々木亮(ヴィオラ)が押しも押されぬ中堅、伊東裕(チェロ)が新進と、世代を異にする弦楽器奏者3人がベートーヴェンの「弦楽三重奏曲第2、3、4番」を弾く演奏会を2020年10月26日、王子ホールで聴いた。篠崎が企画する「マロワールド」の枠で作曲家の生誕250周年記念、当初は4月16日に予定された曲目の振替公演だ。アンコールでは「弦楽三重奏曲第1番」の第2楽章を演奏した。


マロ(篠崎)は公演プログラムの巻頭、および本番中のトークで「3」という数字の不思議を説いた。キリスト教や仏教、神道がことごとく3にこだわり魂、精神、肉体の本質を示す状況を引き合いに出し、「神秘の数字である3で究極の作曲編成と思われるのが弦楽三重奏なんじゃないかしら?」と問いかける。「ヴァイオリンがもう1人加わった弦楽四重奏だと安定度を増しますが、旋律楽器3人だけの合奏はバランスをとるのが難しく、作曲にもずば抜けたアイデアと直感力が必要です」という自身の言葉通り、最初の「第2番」は3人の息が微妙に合わず、それぞれの音程感にも齟齬が残っていた。「第3番」では無事にバランスを確立、音色や音程のすり合わせも目覚しく改善し、ホッとした。とりわけ第2楽章のアンダンテ・クアジ・アレグレットの陰影が美しかった。第4番については、マロにトークを振られた伊東が「《ピアノ三重奏曲第3番》作品1の3と同じく、ベートーヴェンにとって運命的な調性のハ短調で書かれていて、劇的かつ深いです」と説明したそのまま、両端楽章の激しい振幅と緩徐楽章の美しい安らぎの対照を見事に描き分けた名演奏だった。


ウィーン仕込みの良質アバウトで大きな音楽を主導するマロ、生き生きとリズムを弾ませて引っ張る伊東の中間にあって、佐々木はヴィオラ奏者の鑑(かがみ)のようなアンサンブルの要を担っていた。四重奏より難しいのは確かだが、三重奏にしかない面白さがわかった。


佐々木のトークは自粛期間中に狂乱しかけた精神状態が「ベートーヴェン最後のピアノ・ソナタ、第32番(作品111)をある日聴いた瞬間、すうっと収まりました」と自身の体験を引き合いに出し、この作曲家だけが持つ精神的な効用をわかりやすく説いた。作品111の調性もまた、ハ短調。生誕250周年の「お祭り」は新型コロナウイルス感染症の拡大で全く違う方向に展開したが、耳の病への絶望に始まりながら最後は未来に希望を託した「ハイリゲンシュタットの遺書」が象徴するように、ベートーヴェンの音楽には逆境と立ち向かい、再び立ち上がるエネルギーを授ける力がある。ある意味、コロナ禍の2020年に最もふさわしい作曲家だったといえ、忘れがたい記念年になりつつある。

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