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  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

フォルクスオーパーの音で「聴き初め」


日本オーストリア友好150周年の幕開けでもある

毎年の聴き初め(ききぞめ)はサントリーホール主催、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団のニューイヤー・コンサートだ。今年(2019年)は1992年以来の協賛企業のキューピーが創業100周年ということで新作を委嘱、楽団のオーボエ奏者で作曲家のヨーゼフ・ベドナリクが「キューピー100周年変奏曲〜イェッセル《おもちゃの兵隊のマーチ》のテーマによる」を書き下ろした。レオン・イェッセル(1871〜1942)はナチスの虐待を受け、病死したユダヤ系ドイツ人のオペレッタ作曲家。「おもちゃの兵隊の観兵式」作品123の旋律は日本テレビ系列で1963年から続く料理番組「キューピー3分クッキング」のテーマ曲として、日本人なら誰でも知っているはずだ。続けて演奏したヨハネス・ホリク(1961〜)の「一月一日〜ヨハン・シュトラウス風」もサントリーホール25周年(2011年)の記念に、フォルクスオーパーから贈られたオリジナル。「年の初めのためしとて…」で始まる小学校唱歌「一月一日」の旋律が主題だ。この2曲だけを挙げても、SOVが年末年始の日本ツアーをいかに重視し、全力投球で臨んでいるかがわかる。最近はオペレッタの殿堂に甘んじず、新作も積極的に上演する結果、オーケストラの力量も目覚ましく向上した。


過去にはルドルフ・ビブル、ユリウス・ルーデルら音楽劇場のベテラン・マエストロも登壇した指揮台には今年、アレクサンダー・ジョエルが上った。「ピアノマン」「オネスティ」などのヒットで知られた米国ポップス界のビッグスター、ビリー・ジョエルの実弟だが、ウィーンでピアノと指揮を学び、2007〜14年に独ブラウンシュヴァイク州立歌劇場の音楽総監督(GMD)を務めるなど、ひたすらドイツ語圏でカペルマイスター(楽長)のキャリアを積んできた。東京交響楽団へ数度客演、フォルクスオーパーにも頻繁に登場している。前夜(元日)に衛星中継で接したウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート、クリスティアン・ティーレマンの「僕だって脱力できるよ」と言わんばかりの薄ら笑いを浮かべ、その割にはねっとり感を拭えなかった不思議な指揮と比べれば、はるかに自然な佇まいである。


ソプラノのアナ・マリア・ラビンはルーマニア出身。チューリヒ芸術大学で学び、マルク・ミンコフスキ、フィリップ・ヘレヴェッヘらピリオド系指揮者との共演を重ねていることからも察しがつく通り、巨大な声量よりは透明度と集中度の高い歌唱で聴かせるタイプだ。テノールのトーマス・ブロンデルはベルギー人でベルリン・ドイツ・オペラのメンバー。子どものためのオペラの台本作家としての実績もあるようで、テキスト(歌詞)の意味を丁寧に伝える歌いぶりに好感が持てた。個人的にはペーター・ミニッヒやメラニー・ホリデーの時代の適度に崩れ、芝居っ気たっぷりの歌いくちの方が好きだが、もはや望んでも2度と得られない世界なのだろう。ラビンとブロンデルの楷書体の歌の品格、これはこれで様式美を発揮していた。お約束通り、フォルクスオーパーから派遣されたバレエ・アンサンンブルSVOウィーンの4人のダンサーも、蓮っ葉な雰囲気で楽曲の味わいを倍加させる。コンサートマスターや管楽器奏者のソロも巧みで、ジョエルが流麗にウィーンの香りを引き出していく。


改めて作曲家名を眺めると、オッフェンバックもヨハン・シュトラウスもカールマンも全員がユダヤ人。19世紀後半から20世紀初頭にかけてのヨーロッパを席巻したオペレッタやダンス音楽の多くが、ユダヤ系作曲家の作品だった。それが後に新大陸のアメリカ合衆国へ渡るか逃れるかでブロードウェーのミュージカル、ハリウッドの映画音楽に大輪の花を咲かせた。毎年のニューイヤー・コンサートを聴きながら、こうした単純で美しい音楽を何の憂いもなく奏で、楽しめる時間が1分、1日、1年でも長く続いて欲しいと願う。(1月2日)

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