• 池田卓夫 Takuo Ikeda

フィリップ・ジョルダン指揮が抜群、METの「神々の黄昏」

最終更新: 2019年4月28日


満場の賞賛を浴びるブリュンヒルデのガーキー

ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)がジェイムズ・レヴァイン前音楽監督時代の末期、ロベール・ルパージュの新演出で制作したワーグナー「ニーベルングの指環」(リング)は2018-19シーズン、フィリップ・ジョルダンの指揮で再演された。2009年からパリ・オペラ座音楽監督、2020年にはウィーン国立歌劇場音楽監督に就く予定のスイス人指揮者(1974年チューリヒ生まれ)は、スイス・ロマンド管弦楽団音楽監督などを歴任した父アルミン・ジョルダン(1932〜2006)と親子2代のワグネリアンとして知られ、パリのバスティーユ歌劇場でも2010〜13年に「リング」全曲を上演してセンセーションを巻き起こした。ワーナーの「エラート」レーベルに録音した「リング管弦楽作品集」でも素晴らしい演奏を繰り広げている。2枚組の1枚目に「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」の音楽を収め、2枚目すべてを「神々の黄昏」に費やしたのを思い出すにつけ、2019年4月27日のMET、「神々の黄昏」のシーズン初日公演への期待は高まっていた。


果たして、ピットに現れた途端に満席の客席から「ブラヴォー」が飛び交った。「拍」や「打点」を克明に刻む日本の指揮者と異なり、ジョルダンは右手(指揮棒は持っている)の動きを最小限に抑え、左手を大きく使って音楽のニュアンスを自在に変化させる。恐らく、ドイツのどのオーケストラより輝かしく精妙なワーグナーを再現できるメトロポリタン歌劇場管弦楽団の信じられないほど美しい音色を最大限に引き出し、ごく自然な呼吸でクライマックスに導いていく。ルパージュ演出は大がかりで抽象的な装置と映像を組み合わせたスペクタクルだが、人物の動きや性格描写は控えめなので、ゴージャスな響きとハリウッドのSFX映画風のビジュアルにとことん、酔うことができる。目をつぶって管弦楽だけを聴いていても、かなり満足してしまうのが凄いというか、恐ろしい。「アメリカ、METでしか聴けないワーグナー管弦楽の陶酔」に一度はまったら、2度と逃れることはできない気がする。


だが、さすがはMET。歌手にも実力者をそろえ、声の魅力が優美なオーケストラと極上のハーモニーを奏でる。ブリュンヒルデのクリスティーン・ガーキーは第2幕以降エンジン全開、たっぷりとした低音の支えの上にクリーミーな美声が広がり、ドイツ語のしみじみとした語りかけと劇的迫力を兼ね備える。大詰めの「自己犠牲」を見事にきめた。ジークフリートは日本でもおなじみのアンドレアス・シャーガーで、意外にも今回がMETデビュー。持ち前の甘い声に重量が乗ってきて、存在感を増した。出番は少ないが、アルベリヒのトマス・コネチュニー、ワルトラウテのミカエラ・シュースターも定評通り手堅い。グンターのロシア人エフゲニー・ニキチンは新国立劇場でもワーグナーを歌っており、その時の不調の記憶が蘇るほど、最初は苦戦していた。だが次第に調子を上げ、名声にふさわしい水準まで切り上げたのは立派。拾い物はハーゲンのエリック・オウエンズ。フィラデルフィア生まれのアフリカ系アメリカ人バスバリトンで、ダイアモンドのように硬質の輝きを備えた声と明晰なディクションで喝采を受けた。


グートルーネのエディット・ハラーは今回がMETデビュー。2013年9月の日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会、ピエタリ・インキネン指揮の「ワルキューレ」演奏会形式上演でジークリンデを歌って注目され、昨年12月の同フィル定期(沼尻竜典指揮)でもベルクの「《ヴォツェック》より3つの断章」の独唱に招かれるなど、ドイツ物を得意とするが、METのプログラムの経歴には「イタリア・メラーノ生まれ」とある。慌てて調べると、メラーノはかつてオーストリアからイタリアに割譲された南チロルの町で、ドイツ語圏だ。大舞台への抜擢で最初は緊張していたが、だんだん役に入り込み、第3幕でジークフリートの死体と対面、ブリュンヒルデと渡り合うあたりの迫力で、立派に真価を示した。


カーテンコールは、ブラヴォーの嵐とスタンディング。最高の賞賛を浴びたのは予想通り、ジョルダンだった。


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