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ピュアな美声でキャストの粒がそろったびわ湖ホール「ローエングリン」2日目

執筆者の写真: 池田卓夫 Takuo Ikeda池田卓夫 Takuo Ikeda

日本一眺めの良い劇場ロビー。白鳥が本当にやって来そう。

びわ湖ホール・プロデュースオペラ、粟國淳ステージングの「ローエングリン」(ワーグナー)セミステージ上演2日目を2021年3月7日、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで観た。昨年までの「びわ湖リング」と同じく、芸術監督の沼尻竜典が京都市交響楽団(コンサートマスター=石田泰尚)を指揮、びわ湖ホール声楽アンサンブル(合唱指揮=大川修司)が合唱と脇役を担った。題名役は来日できなくなったチャールズ・キムに代わり、同ホールデビューを実現した小原啓楼。初日の福井敬ともども、2018年2月の東京二期会公演(深作健太演出、準・メルクル指揮)と全く同じダブルだ。エルザは横山恵子が直前に体調不良で降板、カヴァーの木下美穂子に替わったが、木下も2018年二期会公演で小原と同じ組だった。コロナ禍長期化に伴う渡航制限、コンディション調整と向き合いながらの水準維持は至難の業と思われるが、比較的最近の舞台で役を歌い込んだキャストが見つかり、本当に良かった。


他の主要キャストはハインリヒ国王が斉木健詞、テルラムントが黒田博、オルトルートが八木寿子、王の伝令が大西宇宙。男声の低い音域3人は斉木が中堅、黒田が円熟境、大西が新進と役柄に相応しいキャリアの多様性をみせ、聴きごたえも十分だった。八木は格調高い美声で、「やり過ぎない」品格を保ち、オルトルートの人間性に奥行きを与えた。何より小原と木下が弱音を大切にした繊細な表現、よく整えられた美声で役柄をじっくりと掘り下げ、移り行く内面の感情を適確に伝えていたのが素晴らしかった。主要キャスト全員の声のストゥルトゥーラ(テクスチュア)が一致していて沼尻指揮のオーケストラ、声楽アンサンブルとも美意識を共有するので、日本人演奏家の抒情性やきめ細やかさの美点を最大限生かす、独特の深い味わいの「ローエングリン」に仕上がった。幕切れのローエングリン、エルザの別れの二重唱がこれほど傷つきやすく、複雑に再現される機会は稀で、目頭が熱くなった。


イタリア育ちの粟國がワーグナーを手がけるのは、2005年の国立(くにたち)オペラカンパニー「青いサカナ団」の「トリスタンとイゾルデ」以来16年ぶり2作目。私がキャスティングを手がけた公演で、マルケ王に起用した斉木にとっても、ワーグナー初体験だった。今回はセミステージ形式でオーケストラが舞台上で演奏、その後方の合唱背景に画像を映してストーリー理解を助け、歌手はオケ手前にしつらえた複数の高さの台を上下して歌う。ステージ両脇には、宮殿を思わせる円柱を配した。「ローエングリン」は楽劇を本格的に創造する前の歌劇(オペラ)であり、アリアや重唱、合唱に番号をふるイタリア流「ナンバーオペラ」の構造を備えているから、抽象的な道具それぞれにキャラクターを当てるような視覚が作りやすい。特に念入りに演技をしなくても人間関係を把握しやすいので、歌手が自分の役に没頭できるメリットもある。静的で美しい視覚は、音楽との一体感に秀でていた。全員日本人が演奏するワーグナーでも、表現の焦点さえ定まっていれば、これだけの上演水準を達成できる実態をはっきりと立証した点でも、有意義な企画だった。

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