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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ビシュコフ、樫本大進、チェコ・フィルの正攻法に身を委ねた文京シビックの夜


首席指揮者に昨年就いたばかりのセミョン・ビシュコフのお披露目を兼ねたチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の日本ツアーを2019年10月24日、文京シビックホールで聴いた。私自身がヴァイオリンのインゴルフ・トゥルバン、ピアノのサヴァリッシュ朋子のデュオツアーに付いて回っている期間と重なり、公共ホール主催の超ポピュラー曲プログラムの本日以外に選択肢はなかったのだが、結果としては大正解だった。


冒頭のスメタナの交響詩「わが祖国」の第1曲「ヴィシェフラト」からして舞台後列にズラリ8本並んだコントラバスの威容、上手と下手の両端にシンメトリーで置いたハープなど、指揮者と楽員一致のこだわりと意気込みを感じた。案の定、美しく毅然とした演奏だった。


チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」の独奏は樫本大進。今年1月にはピエタリ・インキネン指揮プラハ交響楽団の日本ツアーでブラームスの協奏曲を弾いているから、チェコの楽団と10か月の間に2度、ニ長調の傑作協奏曲を楽しんだことになる。今やベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターとしてドイツ音楽のイメージが優っているが、少年時代に長くロシア人ザハル・ブロンに師事、チャイコフスキーをはじめとするロシア音楽は自家薬籠中のレパートリーだ。そこにベルリンでの豊富な経験が加わり、ヴィルトゥオーゾ(名人)の技の切れはもちろん、オーケストラとの自然なコミュニケーション、音色の柔らかな透明感が放つ品格などが一体となり、すべてを楽曲にかたらせる。トゥルバンのマスターコースの通訳を手伝っていたとき、同じ曲を弾いた17歳の女の子に注意を与えていた脱力や多彩な弓使い、チャイコフスキー特有のリズムやドラマが2日後、樫本の演奏で見事に実現している場面に居合わせるたは不思議な気分だった。ビシュコフはサンクトペテルブルク出身だけに、チャイコフスキーの歌わせ方を心得ていて、チェコ・フィルの陰影に富む音色美もフルに引き出した。


後半は「交響曲第9番《新世界から》」、さらにアンコールで「スラヴ舞曲」作品72の2、46の1のドヴォルザーク尽くし。ビシュコフの指揮は先に亡くなったチェコ・ドヴォルザーク協会元会長で札幌交響楽団名誉指揮者のラドミル・エリシュカのように、底に流れるボヘミアの民族舞曲のリズムを際立たせるよりも、マーラーやR・シュトラウスの同時代人が20世紀初頭に書いた管弦楽作品の価値を重視したものだった。一歩間違えばドライになるところ、チェコ・フィルのハートと音色が見事に補っていて、名コンビを実感した。


高いスキルを持つ指揮者、ソリスト、楽員の全員が当たり前のことを当たり前にやり、並外れた成果を達成するのを目の当たりにして、風邪気味で疲れた身体にも元気が戻ってきた。


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