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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

パドモア&内田光子→日本オペラ振興会「咲く」→花房シスターズ&大山大輔


2022年11月23日からは歌の3日間。東京二期会「天国と地獄」(23日、日生劇場)は2019年新演出(鵜山仁)の再演なので、感想はTwitterで簡単に:

初演時のレビューはこちら:

今回のキャストもフレッシュで好演したが、セリフの発音統一がとれてなく、歌の日本語の方が明快に聴き取れた点は改善の余地ありだろう。


テキストの発音が明瞭以上の凄みを伴い、聴き手の心に刺さってきたといえたのは英国人テノールのマーク・パドモアが内田光子のピアノと共演したリーダー・アーベント(ドイツ語歌曲演奏会)だった(24日、東京オペラシティコンサートホール)。前半はベートーヴェンの「希望に寄せて」「あきらめ」「星空の下の夕べの歌」「歌曲集《遙かなる恋人に》」、後半はシューベルト「歌曲集《白鳥の歌》」。2つの歌曲集は2022年5月にロンドンのウィグモア・ホールでセッション録音したデッカ=ユニバーサルミュージックの新譜と同じ。シューベルトは、久しぶりにコンサートホールへいらした美智子上皇后陛下も鑑賞された。パドモアは古楽や宗教音楽のスペシャリストのイメージが強いが、近年は前衛的な演出のオペラやシアターピース(サイモン・ラトルとのJ・S・バッハ受難曲の舞台化など)へ積極的に出演、歌唱スタイルでも激しい振幅を伴うドラマを志向するようになった。内田ともどもディスクに収まりきらない巨大なダイナミックレンジを発揮、高音ファルセットの囁きから慟哭の絶叫まで多種多様な声色を駆使しながら、大ホールのリートの巨大な世界をつくる。


個人的には、もう少し動きを抑えたシュトレング(streng=厳格)なリートが好みだが、ここまで細やかに詩の内容を語られるともはや、その世界に入っていくしかない。「遙かなる恋人に」の最終曲「愛する人よ、あなたのために」で最高潮に達した激情、「白鳥の歌」ではハイネの詩による「アトラス」の苦難と絶望、最後に置かれ、唯一ザイドルの詩に基づく「鳩の便り」に漂った彼岸の響きに深い感銘を受けた。鳩の名として歌われるゼーンズーフト(Sehensucht=あこがれ)の何と切なく、永遠に響くことか! この曲冒頭における絶妙のフレージングをはじめ、歌の世界を完璧に器楽の表現に置き換えた内田のピアノの見事さにも感心した。




昭和音楽大学は日本オペラ振興会の協力を得て、文化庁の次代の文化を創造する新進芸術家育成事業として「日本のオペラ作品をつくる〜オペラ創作人材育成事業」を2018―2020年度に受託した。作曲家26人、台本作家28人が応募し、何度かの公開ワークショップや試演を経て宇吹萌台本、竹内一樹作曲の「咲く〜もう一度、生まれ変わるために〜」が選ばれ、2020年11月の演奏会形式初演に至った。亡き父と娘の2代にわたって挫折したマラソンランナーの飯田俊幸(25日昼公演では立花敏弘=バリトン)と聡子(丹呉由利子=メゾソプラノ)、その妻であり母である貴美子(佐藤みほ=メゾソプラノ)、聡子の元チームメートでLGBTQのタロー(渡辺康=テノール)、飯田家の庭から一家を見守り、立ち退きで切り倒される運命の桜の木(芝野遥香=ソプラノ)が織りなす理解と誤解、和解のドラマ。それぞれの心の交流やすれ違いがわかりやすく格調高く、韻も踏まえた言葉で描かれ、優しく心にしみる音楽が寄り添う。日本オペラ協会はワークショップの中核を担った齊藤理恵子の演出、齊藤が所属する劇団青年座との共催で11月25(昼夜2公演)&26日、東京・池袋のとしま区民センター多目的ホールでの舞台初演を実現した。平野桂子が小編成のSAKU室内オーケストラを指揮。日本オペラ協会合唱団がランナー役を担い、走って踊って大健闘した。


小ホールの空間をいっぱいに使い、映像を交えた舞台は精彩に富み、すべてのキャストが役になり切っての熱演で客席をぐいぐい引っ張る。「音楽の友」誌へのリポート執筆でワークショップも継続して取材したが、これほどまで魅力に富む作品に仕上がっているとは思いもせず、不意打ちの感動だった。すべての日本語が明瞭に聴き取れるのにも感心したが、同協会の郡愛子総監督によれば「それはそれは、厳しく指導しましたから」とのこと。Bravi!


25日の夜は東京文化会館小ホールへ向かい花房晴美&真美の「花房シスターズ」、「花房晴美室内楽シリーズ第22集New Yorkの夜」を聴いた。バーバー、バーンスタイン、ガーシュインに「ラ・マンチャの男」(リー)の「見果てぬ夢」。バリトンの大山大輔がところどころ、花を添えた。花房晴美は目下、パリ帰りで鮮烈な日本デビューを飾った1980年前後に続く第2の絶頂期を迎えたとみられ、切れ味の良さと華やかさ、溢れる歌心で隙がない。妹の真美も相当の腕前でありながら、それをひけらかすことなく、隅々まで行き届いた打鍵で姉のパフォーマンスを支える。大山の歌が絶好調といえず残念だったが、オペレッタ、ドイツ・リート、日本語創作オペラと聴き続けた最後、ゴージャスなアメリカン・サウンドの世界に触れられたのは、柔らかな着地(ソフト・ランディング)としても最高だった。

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