• 池田卓夫 Takuo Ikeda

バレンボイム・メジューエワ・ケンぺと江藤俊哉&フォスター

クラシックディスク・今月の3点(2021年1月)


ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集(第1ー32番)」

1)イリーナ・メジューエワ

2)ダニエル・バレンボイム(「アントン・ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲」および1958年3月ニューヨーク録音のウェストミンスター原盤のソナタ6曲を併録)

バレンボイムは映像ソフトも含め5度目の全曲録音。16歳時点の解釈との比較もできる。メジューエワも2度目で、ともにベートーヴェン生誕250周年記念の2020年初夏、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によってコンサートホールや劇場に閑古鳥が鳴いていた時機を逆手にとり、一気に録音した。前者は5−6月のベルリン、自身が終身音楽総監督を務める州立歌劇場(シューツオーパー)に併設された新しい演奏会場「ピエール・ブーレーズ・ザール」(音響設計は豊田泰久氏)。後者は6−7月の富山県魚津市、新川文化ホール。時間を無駄にしない勤勉さだけでなく、短期間に完成したセッション録音盤ならではの精度と解釈の一貫性で、深く傾聴に値する。


録音年時点でメジューエワが45歳の中堅、バレンボイムが78歳の老巨匠という人生のステージの違いはほぼそのまま、演奏の結果にも反映されている。メジューエワは1922年製ニューヨーク・スタインウェイの重量と華やかさ、透明感を兼ね備えた響きを駆使、ベートーヴェンの多彩な楽想に豊かな表情を与え、驚異の集中力で聴き手の耳を釘付けにする。いつも不思議に思うのは、本人の考えやライフスタイルはあるにせよ、これほど本格派のピアニストが日本に在住しているのに、協奏曲のソリストに起用するオーケストラはあまりなく、定期的に開くリサイタルにファンが集まり、崇拝者がディスクのブックレットに熱い文章を寄せるという自己完結型の市場形成に甘んじている実態だ。実演の完成度もセッション録音に負けず劣らず高く、このセットに感心した人なら次回は是非、実演に出かけてほしい。

(日本ピアノサービス)

一方のバレンボイムは年齢的な要素もあり、より落ち着いた木質系で厚みのある音を介し、物語を読み聞かせるような味わいが際立つ。驚くべきは16歳時点でメカニック、解釈の基盤を確立していたことで、以後60数年間ひたすら中身を盛り、深め、今や融通無碍の境地に到達したのだと思い知る。さすがに指さばきの怪しい瞬間はあるが、語られる内容の豊かさで補って余りがある。とりわけ最も長大な「第29番《ハンマークラフィーア》」「《ディアベッリ》変奏曲」を聴けば、ピアノによって語られる情報量が膨大であるにもかかわらず、聴き手に一切のストレスを与えず、作品の内面世界に誘う手腕の練達に驚くだろう。

(ドイッチェ・グラモフォン=ユニバーサルミュージック)

ベートーヴェン「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ全集(第1ー10番)

江藤俊哉(ヴァイオリン)、シドニー・フォスター(ピアノ)

第2次世界大戦後の世界楽壇に彗星のごとく現れ、輝かしい才能と音色、切れ味の鋭い技巧と解釈で将来を期待されながら、病を得て真の巨匠としての円熟まで演奏家生命を全うできなかった日米の2人ーーヴァイオリンの江藤(1927ー2008)、ピアノのフォスター(1917ー1977)が1962年(昭和37年)5月10ー12日の3日間、東京の九段会館ホールで行った演奏会の放送録音(NHK)が59年の眠りを経て、2021年の日本で初CD化された。当時の演奏会プログラムに掲載され、今回のディスクにも復刻された藁科雅美氏の解説によれば、ベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ」全曲演奏会が東京で実現したのは太平洋戦争(1941−1945)をはさみ、「戦前に(シモン)ゴールドベルクとリリー・クラウスが日本青年館で三晩に渡って催したジョイント・リサイタル」以来30数年ぶりだったという。


戦時中はヒトラーのナチス政権によるユダヤ人迫害を逃れ、多くのユダヤ人芸術家や反戦知識人が旧大陸ヨーロッパから新大陸アメリカへ移住、合衆国の文化芸術や科学の水準を一気に引き上げた。フィラデルフィアのカーティス音楽院の同窓であるフォスター、江藤はその恩恵に最も浴した世代に当たり、華やかなアメリカン・スタイルの背後にしっかりと、ヨーロッパ伝統の様式感の押さえが効いていた。「エトー・トーン」と呼ばれた豊麗で輝かしい音色ながらヴィブラートを控えめにコントロールするヴァイオリンに対し、ピアノもソロで前面に出る場面とオブリガートで「かぶり」に回る場面を実に適確に弾き分け、どこまでも古典としての格調を保ちながら、ベートーヴェンの創作の軌跡と覇気を隙なく再現する。60年近くも前の東京、2011年の東日本大震災でホール天井が崩落して死者も出た九段会館(戦前の「軍人会館」)で、これほどまで高水準の音楽の時間が存在したことに息をのむ。

(キングインターナショナル)

R・シュトラウス「歌劇《ナクソス島のアリアドネ》」全曲

ルドルフ・ケンぺ指揮シュターツカペレ・ドレスデン、グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ=プリマドンナ&アリアドネ)、シルヴィア・ゲスティ(同=ツェルビネッタ)、テレサ・ツィリス=ガラ(同=作曲家)、ジェイムズ・キング(テノール=テノール歌手&バッカス)、テオ・アダム(バリトン=音楽教師)ほか

ケンぺ(1910ー1976)とドレスデンのシュターツカペレ(当時は東ドイツの国立歌劇場管弦楽団)のR・シュトラウス作品のディスクでは、1970−1973年に録音された「管弦楽作品全集」が非常に有名で、今も「最高の名盤」の評価を維持し続けている。だが、実際のシリーズ第1作は1968年に旧東ドイツ国営レコード「VEB(フォルクスアイゲナー・ベトリーブ=旧東ドイツの人民公社)ドイッチェ・シャルプラッテン」と旧西ドイツ「エレクトローラ」(ドイツEMI=現ワーナーミュージック)の共同制作として収録された《ナクソス島のアリアドネ》全曲盤だった。その好評が管弦楽作品の録音へと発展するのだが、続いて予定していたオペラ全曲シリーズはケンぺ晩年の闘病や早過ぎる死によって幻に終わり、《アリアドネ》だけが残った。


日本では当時、シュトラウス歌劇の人気が今ほど高くなく、《アリアドネ》の国内LP盤(旧東芝EMI)発売は管弦楽より後の1975年にずれ込んだ。当時高校生だった私は「レコード芸術」誌をはじめとする評論家たちの絶賛に強い興味を覚えたものの、いきなり《アリアドネ》は敷居が高く、お金もなかったので買いそびれるうち、廃盤になってしまった。長く再発売を望んできた今、タワーレコードが本国から取り寄せたオリジナルデータからSACD層、CD層それぞれに別のマスタリングを施したハイブリッド盤を発売したのは、望外の喜びだ。復刻はかなりの出来栄えで、新鮮なサウンドは53年前の録音とは思えない。


演奏の素晴らしさは「最高」の一語で済んでしまう。ケンぺが37人の小編成シュターツカペレのポテンシャルをとことん引き出し、軽妙さと愉悦感、陶酔のすべてを描き尽くす指揮に乗り、当時の東西ドイツ語圏を代表するスター歌手たちが最適の歌唱を美しい口跡(ディクション)とともに紡ぎ、理想のアンサンブルを繰り広げる。脇役にもペーター・シュライヤー(テノール=舞踊教師、スカラムッチョ)、ヘルマン・プライ(バリトン=ハレルキン)、アンネリース・ブルマイスター(ソプラノ=木の精)、アデーレ・シュトルテ(同=山彦)ら豪華で隙のない顔ぶれをそろえ、徹底的に遊ばせる。


シュトラウスと台本作家フーゴー・フォン・ホーフマンスタールが《アリアドネ》の創作をめぐって繰り広げた丁々発止は2人の書簡集の白眉をなす部分だが、もし彼らがこの録音を聴くことができたら「バトルの甲斐があった」と、互いの労苦を素直にねぎらったはずだ。

(ワーナーミュージック=タワーレコード)


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