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  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

ハインツ・ホリガー80歳の輝き。1にオーボエ奏者、2に指揮者、3に作曲家


大阪・フェスティバルホールの楽屋で©️飯島隆

スイス出身の世界的オーボエ奏者で指揮者、作曲家のハインツ・ホリガーが「80歳記念」と題した日本ツアーを続けている。2019年9月20日の札幌交響楽団から10月11日の名古屋フィルハーモニー交響楽団まで10公演、4つのオーケストラとの共演や室内楽を精力的にこなし自作も紹介、時には達者なピアノも披露する。フランス人が好んで使う「完璧なる音楽家(ミュジュシャン・コンプリ)」を気負わず、淡々と実行に移してきた芸術家だ。


大阪フィルハーモニー交響楽団定期演奏会(9月27&28日、フェスティバルホール)初日のゲネプロ(会場総練習)に先立ち、「音楽の友」誌のためのインタビューを行った。詳しくは同誌12月号に掲載予定の拙稿をお読みいただきたいが、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と共演した「80歳記念オーケストラ・コンサート」(10月2日、東京オペラシティコンサートホール)とも共通する、日本のオーケストラの課題のようなものが見えたので、その部分だけ、最初にホリガーの発言を紹介しておく;


「良いオーケストラだが、アメリカ的というか、とても大きな音で弾き過ぎるのではないでしょうか? 私が目指しているのは大編成の管弦楽であっても、室内楽と同じく互いに聴き合い、すべての音がトランスパレント(明瞭)に伝わる音楽です」


大阪フィルとの「ラ・ヴァルス」、東京シティフィルとの「スペイン狂詩曲」。ラヴェルの作品では巨匠の80歳を盛り上げようと楽員が張り切りすぎ、ご本人が最も嫌う騒がしい音響に至ったのは残念だった。それにしても、斬新なプログラミングである。


大阪は前半にラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」、自作の「エリス」ピアノ独奏版(1961)と管弦楽版(1963)、「ラ・ヴァルス」、後半にシューベルトの未完の「アンダンテ」からアタッカ(切れ目なし)で「交響曲第7番《未完成》」。東京は作曲の師ヴェレシュがその師バルトーク(ということはホリガー、作曲ではバルトークの孫弟子に当たる)の死に際して書いた「トレノス(哀歌)」(1945)で始め、リストの問題作「暗い雲」「凶星」をホリガーが管弦楽化した「2つのリスト作品のトランスクリプション」、バルトークの死後の1956年に発見された「ヴァイオリン協奏曲第1番」(独奏は郷古廉、相変わらず端正美麗で水際立っていた)を経て細川俊夫が作曲したオーボエ(ホリガー)とイングシッシュ・ホルン(マリー=リーゼ・シュプバッハ)のための「結びーハインツ・ホリガーの80歳の誕生日を祝してー」の世界初演に至る。後半はマルティヌー「オーボエ協奏曲」の吹き振りと「スペイン狂詩曲」。


「日本は音楽ファンの数に比して、オーケストラの数が多過ぎるのではありませんか? 競争が激しいと名曲路線に傾き、冒険ができなくなります。1つの街に1つか2つなら、もっと面白い曲目を組めるはずです。私は部外者ですが…」。毒舌家は本質も直感で見抜く。


大阪では聴けなかったオーボエの音に東京で触れた瞬間、「ああ、これがホリガーの音だった」と懐かしさに浸るよりも、いまだ堂々と輝かしく陰影にも富み、テクニックの切れ、音量とも第一級の腕前を保っている「現役感満載」に圧倒された。細川作品の終結部の長く影を引くディミュヌエンド&フェルマータは、ホリガーの人間として、オーボエ奏者としての長寿の象徴に響いた。演奏者を個人的に良く知る作曲家の、優れた仕事だった。マルティヌーではさらに切れ味のいいリズム感、豊かなユーモアが加わり、当夜の頂点を築いた。


ホリガーの指揮の基本は上述した室内楽的トランスパレンシー(明瞭さ)と、たたみかけるような「クサい芝居」の排除にある。それはベートーヴェンに顕著なコーダに向けての劇的興奮よりも、シューベルトの「唐突に終わる」世界の方をはっきりと志向する。シューベルトでは音楽の進行するプロセスを通じ、様々な形で現れる新奇なアイデアをありのままに際立たせ、ブラームスの校訂が象徴する19世紀後半のロマン派的改ざんを否定する。「ありのままに」の徹底が作品の構造を浮き彫りにする結果、ヴェレシュやバルトークの書法の見事さも、作曲家としてのホリガーのある種の物足りなさも、すべてが白日の下にさらけ出されて面白い。1にオーボエ奏者、2に指揮者、3に作曲家というのが私の得た感触である。

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