© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

  • Facebook Social Icon
  • Twitter Social Icon
  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

ドミンゴのジェルモン圧巻!METの椿姫

最終更新: 2019年4月26日


歌手全員のカーテンコール

2019年のイースターサンデー(4月21日)に始まった1年半ぶりのニューヨーク滞在。2018ー19シーズンの「METライブビューイング」で今年2月、日本でも公開されたマイケル・メイヤー新演出のヴェルディ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」再演を4月24日、本拠地のメトロポリタン歌劇場(MET)で観た。初演を担った音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンの指揮、ディアナ・ダムラウのヴィオレッタ、フアン・ディエゴ・フローレスのアルフレードの誰もいない代わり、大歌手プラシド・ドミンゴがジョルジョ・ジェルモンを演じるのが売り物だ。指揮は日本でもおなじみのニコラ・ルイゾッティ、ヴィオレッタはルーマニア出身のアニータ・ハルティック(Anita Hartig, 1983~)、アルフレードはフィラデルフィア出身のステファン・コステロ(Stephen Costello, 1981~)。ドゥフォール男爵のドウェイン・クロフトをはじめ脇も実力派で固めたなか、ドビニー侯爵を歌ったソウル出身のバスバリトン、ヨンチョル・チャ(Jeongcheol Cha, 1981~)の輝かしい美声は特筆に値した。


上演全体から受けた印象はライブビューイングのグローバルスタンダード・キャストとかなり異なり「ああ、これがMETのデフォルト(基準値)だ」と、一抹の懐かしさも覚えるものだった。「トラヴィアータ」は1975年にMETが初の日本ツアーを行った際の演目の1つ(他は「カルメン」「ラ・ボエーム」)でリチャード・ボニングの指揮。NHKが収録した公演のキャストはヴィオレッタがジョーン・サザランド、アルフレードがジョン・アレキサンダー、ジェルモンがコーネル・マックニールだった。当時の高校生にとってS席16,000円すら縁遠く、実演は諦めた代わり、テレビ放映を食い入るように視た。大柄で能面のような女性が仁王立ち、同じく棒立ちのおじさん2人に囲まれ、とても死ぬとは思えないビジュアルだったにもかかわらず、何か、すごく磨き抜かれた歌芝居の世界が広がっているのに驚いた記憶がある。昨夜の上演にはダンサーの肉体美てんこ盛りに至るまで、良い意味のステレオタイプといえる「METのゴージャス」をまったり、とことん楽しむ雰囲気が蘇っていた。アリアごと、あるいは最後のフレーズが鳴っているうちに始まる拍手に至るまで、昔流だ。


ルイゾッティの指揮も歌手の引き立て役に徹し、音楽の決め所だけ、超優秀なメトロポリタン歌劇場管弦楽団を強力にドライヴしてたたみかける。つねに「手の内」が見え透いてしまうのは、日本で何度も聴いた彼の指揮の印象そのままだ。美貌のハルティックはアンジェラ・ゲオルギューやズヴェトラ・ヴァッシレーヴァらルーマニアの先輩ソプラノと同じく持ち声が豊かでクリーミー、ドラマティックかつ陰影十分だが(これも先輩たちと同様)、アジリタ(装飾歌唱)のテクニックを究めていないから、ベルカントの力まず息の長いヴォーカルラインを支えきれない。最も不得意であろう第1幕は案の定精彩を欠き、幕切れのアリアでも最高音を行使しなかった。だが第2幕以降は持ち前の激情がフル回転、ジェルモンとの二重唱でもドミンゴと堂々渡り合い、第3幕の「ご臨終」まで観客の目を釘付けにした。


コステロはアレクサンダーやリチャード・タッカー、ジェイムズ・マックラッケン、リチャード・リーチ、ジェリー・ハドリー、ジェイムズ・ヴァレンティ、フランク・ロパードら「テノール made in USA」の系譜に属し、イケメンながら、ヨーロッパ貴族の洗練よりはスリムマッチョの魅力で迫る。風貌は2001年のアメリカ映画「ニューヨークの恋人」で主役レオポルドを演じたヒュー・ジャックマンを思わせ、METのアルフレードにふさわしい。第2幕冒頭のヴィオレッタとのベッドシーンでの大股開き&仁王立ち、第3幕で父ジェルモンが駆けつけた瞬間にベッドからジャンプして場所を空ける運動神経などは、アメリカンテノールの面目躍如。肝心の歌は素晴らしく、1音たりとも疎かにせず、輝かしい最高音のアクートまで、きちんとキメる。第2幕でヴィオレッタに「この売女め!」と言わんばかりに札束を投げつける場面ではアクートをうんと延ばし、ドラマを盛り上げる。これに憤慨したガストーネがアルフレードを突き飛ばすと、コステロは大リーガー顔負けのヘッドスライディングで上手に滑っていった。



ドミンゴ様!

だが、何と言っても最大のスターはドミンゴだ。舞台奥から登場した瞬間に大拍手と歓声に包まれ、ルイゾッティもしかと振るのを止めた。うんと若いころにバリトンからテノールに転向、年老いてバリトンに戻ったとはいえ、ハイバリトンからテノーレロブストの中間辺りをさまよう音色は「3大テノール」のドミンゴそのものの明るさを湛え、アイデンティティ喪失を見事に免れている。出演者全員の誰にも増して明晰なイタリア語の発音、言葉ひとつひとつにこめた深い感情のニュアンスが、それまでバラけていたアンサンブルを引き締め、大きなドラマの流れをつくっていく。自分が歌っていない時間も共演者と演技を細かく続けてドラマのリアリティを高めるため、万事具象的なメイヤー演出がますます説得力を持つ。



Fiorelloのドミンゴ・ルーム

1941年1月生まれの78歳が公称だが「本当は80代」の噂が絶えず、超人的カリスマ歌手の域に達している。またまたトンデモの例えながら、私はふと2014年夏の明治座「北島三郎最終公演」を思い出した。歌手引退ではなく、1968年から46年間続けてきた座長公演に区切りをつけた舞台だったが、動作こそ控えめなものの、歌は共演した誰よりも上手く、圧倒的な存在感で輝いていた。「3大」のルチアーノ・パヴァロッティは亡くなり、ホセ・カレーラスがオペラの舞台から退いてなお、現役を続けるドミンゴ。ジェルモンを歌いはじめたころは歌詞をよく落としたというが、今や完全に役を手中に収めている。オテロやジークムントでも実演に接した大歌手がどこまでもオペラの舞台にこだわり、美しく巨大な夕映えに輝く現場に立ち会えただけで、幸せな一夜だった。終演後、METのあるリンカーンセンター真向かいのイタリアン「Fiorello(フィオレッロ)」のバーカウンターに1人ワインを飲みに行くと、奥に「プラシド・ドミンゴ・ルーム」があり、指揮をしている肖像画がデンと真正面に控えていた。引退後のセカンドキャリアを真剣に考えた時期の名残りだろうが、指揮ではなくバリトンに転じ、1959年のメキシコでのデビュー以来60年もオペラの舞台で歌い演じてきたのは世界の音楽ファン、オーケストラ、歌劇場の全員にとって最善最高の選択だった。





196回の閲覧